Jesus he knows it

Jesus he knows it

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好きが高じて、自宅の納戸で小さな樽に酒を仕込んだ。二冊の指南書と数キロの米と米麹。酵母は酒粕から培養し、水は山から清水を汲んできた。
麹の酵素が米のでんぷんを糖化し、その糖分を酵母がアルコールと炭酸ガスに分解して酒は造り出される。発酵強く、そして長ければ、酒はキレの良い辛口になるという。袋吊りにされた醪(もろみ)から滴る一滴は、清酒というその名を覆すほどに淡い山吹色を纏っていた。
飲みやすい酒は数在れど、骨身に染みるような本当に旨い酒はそうはない。趣向を凝らしたのはどれも外見ばかりで、嫌に香っては無色に甘い。食事に合わないキレの悪い後味に、箸も重たく揃って動こうとしない。
一升瓶の首掛けに「燗が冴える純米酒」と掛けられていた酒があった。
湯煎でじっくり燗を点けてみると、その酒は舌の上いっぱいに深い味を開いた。純米酒の力強いコクは驚くほどまろやかになり、豊かな風味が爽やかに鼻腔を抜けていく。思わず口を衝いて出た旨い!の言葉の後には、何の憂いも残さずにすっかり消えていた。
発酵強く、そして長ければ、酒はキレの良い辛口になる——
首掛けをもう一度よく見てみると、今度は造り手の想いに杯を傾けさせられた。
「このお酒は三十五歳以上の人生の機微が分かる方に」
一日の最後に酒がある齢になると知ることがある。男の世界も女の世界も、やっぱりそんなに甘くない。
In the traffic jam

In the traffic jam

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渋滞の関越道がニュース番組に映し出されていた。
短い休暇の終わりを告げる夕暮れがストップランプの赤色群に落ちていくと、揃って縦列を組む箱形のファミリーカーの車内から、小さな光りの塊が躍りながら浮かび上がってきた。モニターに映し出されたアニメ映画は幼子たちを退屈させないようになのか、はたまた寝かしつけるためなのか。停滞する中を飛び跳ねては、規則的に折り重なって渋滞路に続く。
繰り返し読まれる情報の中をまるで逆走するかのように、小さな車が下り車線を走ってきた。ヘッドランプに細い灯りを点らせた古い英国車だ。甲高いエンジン音を響かせて、画面中央へとゆっくり向かってくる。四人の家族を乗せてくる。
艶のない白い屋根に色あせた緑の車体は、やっぱり遅くて、窮屈で、退屈かもしれないけれど、一際輝きながら夕暮れの物悲しさなんて拭い去るようにして走るから、車は家族の特別な時間を乗せているように思わせた。
続く渋滞路に浮かんだモニターの光りが、どこか感情を欠いたように冷たく映る。
子供たちは父の話を覚えているのだろうか。母の笑顔を覚えているのだろうか。