善壱、観音菩薩説

煙草を吸わない者ばかりが集まっていたため、一服する間をまったく考慮していなかった。河岸を変えるために歩いていた街角で喫煙所を見つけるや「少しだけ!」と急いて、善壱という男は煙草に火を点けた。と思ったら紫煙を一口だけ吸い込んで、直ぐさま火を消した。思い起こしてみると、善壱はそういう男であった。

酔っ払いではあるけれども、迷惑をかけたことも(少)なければ、気の置けないはずの中でも自分勝手を言ったことがないように思い出す。もちろん割り勘の不足や未払いなどもなければ、大体が開業医の息子であるからして、(私たち莫迦倶楽部の中では)素養というか常識を持っていた。

ただ、腐れ縁は前世の業なのか、御神酒徳利が悪かった。一番近しい朋が悪性腫瘍のような男で、そのガンちゃんのせいで、善壱のこれまでは好転を見せずにいる、と言い切ってもよいだろう。

いつの日だったか、善壱からの着信に起こされたことがあった。プーヘルミー、悲痛な声が電話越しに木霊する。え、店員に殴られた? 無銭飲食を疑われて、お巡りさんも来た? 一軒、二軒と善壱が飲み代を支払い、三軒目に移動する前にもう現金はないと帰宅を促したが、次は俺が支払うとガンちゃん。三軒目も閉店となり、会計を突き出された善壱が見回すも、その姿はどこにもなかった。

コロナ禍の真っ盛り、果敢に盛り場へというのも問題だが、過去にも同じようなことが幾度となくあった。その都度、裏切られてきたではないか! 金を持って迎えに行くのはいいが、金輪際その悪霊に関わるな、もう縁を切れ! そう促した私の電話の方が切られてしまった。

最近もまた、善壱がガンちゃんのために骨を折って金を工面してやったと、旧友から聞いていた。母親が宗教に騙されたとかなんとか、あまりにも稚拙な嘘は、もちろん嘘だと分かっている。いい年して、女に騙されたらしい。その後も、というか昨夜も一緒に飲んだが(飲んだんかいっ)、金はまだ一銭も返ってきていない――。

皆が言語道断だと糾弾すると、善壱は庇うわけではなかったが、垣間見えたのは、親族をそしられたような悲しみだった。今の今まで、こんな齢に至るまで、私には何も見えていなかった。本当に気が置けないのは、ガンちゃん一人だったのかもしれない。

二十年程前の写真は、朋の結婚祝いと善壱の就職祝いを兼ねた、小銭旅行のスナップ。それを見ながら、変わってねぇなと、安堵と溜息を一つずつついた。どう救い出せばよいのか。

苦界にいるからこそ、浄土へ救われるのか。それとも善壱なおもて往生をとぐ、いわんやガンちゃんをや、なのか。むしろ念彼観音力、善壱とは救う側に立っておられるお方であられたか。だったら私も救ってほしい!

酔っ払いではあるけれども気遣いのできる、どこまでも優しく善き朋を、そのままにしてよいのか。恬然として笑っていられるほど、莫迦だったのか。