ジーンズ、退いて屈しない

身延線沿線では緑の瓦屋根が流行していたが、外房線は青色に塗られた瓦屋根が多かった。山の緑に海の青、ということだろうか。シンプルでよろしい感じがする。未乗区間の東金線と鹿島線を主題にして、私鉄と旧国鉄路線を巡ったのだが、千葉ほど旅情に欠けた土地も珍しい。街を抜けるとすぐに田舎に入るのは好ましいが、その田舎が非常に退屈なのはどうしてだろう。

なんの面白みも見出せぬまま、東金線に乗り換えた。が、特別変わらず退屈を感じる。退屈という言葉を分解してみると、「退いて、屈する」となる。途端に反抗心がメラメラと沸いてきたところで、東金駅から寝起き直後のような髪を逆立てた、パジャマ姿の若者が乗ってきた。

夢遊病者のような彼が、なんだか大事そうに抱えていたのは牛乳で、ほんとに寝起きなの? 飲みながら歩いてきたの? と、想像と心配をさせたが、どうやら牛乳は未開封で、割引き値札が貼られていた。おやすみ前もしくはおやすみ中に、牛乳を買いに出掛けた帰り、そういうことだったのだろう。なるほどベッドタウン、退いて屈する場所もまた人間には必要。

茨城が近くなると、急に楽しくなってきた。水郷地帯を走る鹿島線の向こうに筑波の山が見える。今度はもう嬉しくなる。北浦を跨いで、鹿島臨海鉄道に乗り換えた。この路線は鹿島神宮駅から北鹿島駅までの貨物線に、旅客が乗り入れると古い本にあったが、あれ? そんな駅はどこにも見当たらないぞとキョロキョロ、挙動不審の乗客の前をサッカースタジアム駅が過ぎていった。

一両の列車は、ひたすら畑の中を走る。あれ? 臨海工業地帯の中を行くものだと大きく勘違いしたまま、ひたすら畑の中を走る。家屋は平屋が多い。たまに防風林の中を走り、海が見えると期待させるも、水戸まで乾燥肌のような畑の中を行った。

 

取手から常総線に乗り換えて下館にきたのは先週で、今週は真岡線に乗るために下館にまたやってきたのだが、二週目にして、初めて下館の駅舎を出て、そして衝撃を受ける。駅前広場に置かれたモニュメントがあまりにカッコ良く、そのモダンさに、ビビビと打たれてしばらく震えていた。この彫刻は、佐藤忠良。やっぱり佐藤忠良さんの彫刻だった。

ジーズンを履いた女性のヒップラインがとても美しく、肩を軽く怒らせて胸を張ったポーズは、実はどこまでも伸びやか。簡単には屈しないという意志、または屈することのないような強さ、それがまた女性ならでは軽やかさに包まれており、美の向こう側で微笑んでいるようにも。

この美しさとはなんだろうと、少し見上げた先に街路樹が植わっていた。その枝もまた、すっとポーズを決めて、退屈を突き放していた。

彫刻家は宮城に記念館があり、育ちは確か北海道ではなかったか。どんな謂れがあって、この素晴らしい彫刻が下館の駅前に建てられたのかと、市民の審美眼、美意識を探れば、この町の美術館も気になったが、来週はいよいよ久留里線を目指さなければならない。千葉には山河がないから、つまらないのだが・・・・・・。