身延線沿線では緑の瓦屋根が流行していたが、外房線は青色に塗られた瓦屋根が多かった。山の緑に海の青、ということだろうか。シンプルでよろしい感じがする。未乗区間の東金線と鹿島線を主題にして、私鉄と旧国鉄路線を巡ったのだが、千葉ほど旅情に欠けた土地も珍しい。街を抜けるとすぐに田舎に入るのは好ましいが、その田舎が非常に退屈なのはどうしてだろう。

なんの面白みも見出せぬまま、東金線に乗り換えた。が、特別変わらず退屈を感じる。退屈という言葉を分解してみると、「退いて屈する」となる。途端に反抗心がメラメラと沸いてきたところで、東金駅から寝癖頭を逆立てたパジャマ姿の若者が乗ってきた。
夢遊病者のような彼が、なんだか大事そうに抱えていたのは牛乳で、ほんとに寝起きなの? 飲みながら歩いてきたの? と心配をさせたが、割引き値札が貼られた牛乳は未開封だった。おやすみ中に牛乳を買いに出掛けた、東金線。路線距離十四キロ程、駅数は五。なるほどベッドタウン、退いて屈する場所もまた人間には必要。
茨城が近くなると、急に楽しくなってきた。水郷地帯を走る鹿島線の向こうに筑波の山が見える。今度はもう嬉しくなる。北浦を跨いで、鹿島臨海鉄道に乗り換えた。この路線は、鹿島神宮駅から北鹿島駅までの貨物線に旅客が乗り入れると古い本にあったが、あれ? そんな駅はどこにも見当たらないぞとキョロキョロ、挙動不審の乗客の前をサッカースタジアム駅が過ぎていった。
一両の列車は、ひたすら畑の中を走る。あれ? 臨海工業地帯の中を行くものだと大きく勘違いしたまま、ひたすら畑の中を走って行く。家屋は平屋が多い。たまに防風林の中を走り、海が見えると期待させるも、そのまま水戸まで乾燥肌のような畑の中を行った。
取手から常総線に乗り換えて下館にきたのは先週で、今週は真岡線に乗るためにまた下館にやってきたのだが、二週目にして初めて下館の駅舎を出て、そして雷に打たれる。駅前広場に置かれたモニュメントが、あまりにカッコ良く、そのモダンさに、しばらく震えが止まらなかった。この彫刻は、佐藤忠良。やっぱり、佐藤忠良さんの彫刻だった。
ジーンズを履いた女性のヒップラインがとても美しく、肩を軽く怒らせて胸を張ったポーズは、実はどこまでも伸びやか。簡単には屈しないという意志、または屈することのないような強さ、それが女性ならではの軽やかさに包まれており、美の向こう側で微笑んでいるようにも。
この美しさは、なんだろう。観ているうちに、彫刻の先に植わっていた街路樹と目が合った。その街路樹の枝も、すっとポーズを決めて、退屈を突き放していた。
彫刻家は宮城に記念館があり、育ちは確か北海道ではなかったか。どんな謂れがあって、この素晴らしい彫刻が下館の駅前に建てられたのかと、市民の審美眼、美意識を探れば、この町の美術館も気になったが、来週はいよいよ久留里線を目指さなければならない。千葉には山河がないから、つまらないのだが・・・・・・。




