伯父から貰った万年筆が出てきたのだが、インクが出てこない。どうする、イマドキ文房具店なんてと調べると、専門店が割と近所に在り、しかも万年筆に詳しいという。おまけに結構繁盛していたから驚いた。
「おお、パーカー! そしてエリート!」
古い物で恐縮なのですがと、二本の万年筆を渡すや否や、店員は興奮状態に入った。ペン先にルーペを当ててから、慣れた手つきで分解してインクを吸い込ませた。そのまま試し書き、となるのではなく一度蓋をして、かざしたペンを眩しそうに眺めては、惚れ惚れと触れ、慈しみながらペンを握った。そしてすらすらと、まるで雲に書くような筆圧で描かれたのは、ど、ドラえもん?
まだ使えます、ではなく「まだまだ遊べます」という言い回しが楽しくなってくると、店員の発音も「パァークァー」と巻き舌になり、このフォルム、サイコーですね。ああんもう、これ欲しくなってきましたと、槍の穂先にしか見えていなかった、万年筆の観念を変えてくれた。ペン習字、習おうかしらん。
「登ってきた者しか味わえない」という槍穂高のエールビールなるものがあるらしく、それを土産に頼まれていたのだが、上の山小屋では既に売り切れ。涸沢に下りてきてようやく見つけたのだが、さっそく開栓しようとしている小屋番に慌てて待ったをかけた。
約束は頑なに守られており、土産にすることはかなわない。今私に出来るのは、この栓をここで抜くことだけだと小屋番は引かない。逡巡していると「とりあえず栓抜きますねー」という具合だから危なっかしい。どう見たって下山中ですよね・・・・・・。
登ってきたすべての山を見渡せるようになると爽快だった。が、今度は槍ヶ岳が万年筆にしか見えない。注文していたペンケース、そろそろ届いたかしらん。人間とは移ろいゆくものだ。