飛散、安宅の関からの

仕事納めのその日まで北陸に滞在、冬の日本海は例年になく穏やかだった。恋の季節を待ちきれず、若者たちが触れ合っていた「安宅の関」で、富樫ばりに詮議してやろうか、それとも弁慶ばりに打ってくれようかと私の胸の裡だけが荒れていたのだが、帰省して年が明けると本棚から平家物語(『新・平家物語』だけど)に義経記(無論『ギケイキ』の方だけれども)が勢いよく飛散――。

そのまま飛ばされて常陸の国へ。

「地震があったなんて嘘みたいよね」と、鍋が煮える間に食堂のおばさんが話しかけてきた。波音さえ聞こえてこない大洗の湊で酒も呑まずに独り鍋、それも昼飯時という状況に躊躇したのだが、不思議と多くの客が一人きりでミニコンロの火を鍋にかけている。「え、お兄さんもそうなんでしょ」と、何のことかしらん。

立ち寄った酒蔵でも(というか町全体が二次元の原色に刷り込まれており、湊町の風趣は波間に押しやられていた)つっけんどんな対応で、目当ての濁り酒を会計に出すと「・・・・・・これ、熱燗で飲んでくださいね」。

だからパンツァーではないのだよと少し意地になってドンっ、もう一本会計に出したのだが、最後まで日本酒ファンとして認識されることはなかった。

しばらく滞在する常陸に太平の海はあれど山がない。河はあれども、関東ならではの暖かい陽射しがその緩流に揺れている。能の演目の舞台となった桜川なんて、筑波でも見ても水戸で見ても、結構なドブ川ではないか――。

磐城方面に逃げ込んだとしても渓流釣りの解禁は遅い。もはや物狂いになりそうだと、なんともアホみたいな悩みを抱えていられるのだから本当に幸いだ。

強力に扮した安宅の関で従者に打たれた義経のことはいざ知らずとも、大鱒が遡る大河の急流とそれを下すアルプスの峰を瞼の裏に描くことが出来る。今は遠き北陸に思いを馳せつつ、郷土力士の奮闘が届くことを願っている。