人生即遍路その壱

隣家のボンは引き籠もりだが、私にはそういった事情もなく、母親なんかも一応は元気で、私自身も他に求めるものが随分と少なくなってきた。また怨憎会苦などに悩まされるでもなく、むしろ騰騰任運を識ったかもしれぬ今、即ち此処で立ち上がる生を感じているのだとすれば、なるほどこれが解脱。一冊の本で嘘みたいに変わることができ、そしてまた数日後の完全忘却のうちに、変わったことすら忘れているのだから、完璧なのかもしれない。

ならばどうして遍路に? どんな願意があって? まさかハイキング気分で、しかも寝台特急で四国入りしていないよね? との鋭い指摘を前に、「虚空蔵求聞持法を学びにきました」とは案外真面目で、結構深刻な回答だったが、真言密教の簡単な本と司馬遼太郎の『空海の風景』(上巻だけ)を熱心に読んでも、皆がお大師さんをつかまえようと、躍起になっていることへの理解は及ばなかった。

今回、区切り打ちという方法を頼って、憧れの四国遍路に入ったのだが、それはいつまで経っても芽が出ず、自らに由ることも出来ないこの身に甘んじた結果であり、故に行程というものに終始つきまとわれてしまった。二週間程で阿波徳島の一番札所から室戸岬の最御崎寺を経て、土佐高知の市街地に近い三十番札所を目指すという、若干忙しないが、確かな苦行となって完成した歩き遍路旅は、高徳線の板東駅から始まった。

二冊の指南書を読み込み、金剛杖以外の用品も通信販売で揃えてきた。駅舎の片隅で白衣を羽織り、経本や線香、納経帳の入った頭陀袋を首から下げて、菅笠を被った。緊張の新人お遍路がぎこちなく、南蛮歩きで動き出す。思った以上に恥ずかしいのは、思ったより巡礼者がいなかったからだろうか。山頭火ばりに大きな菅笠にしなくて本当によかったと、安堵するうちに霊山寺に着いた。

山門で一礼し、境内に入った。まず、蝋燭と線香を供える。蝋燭は「巡礼用ミニローソク」安価なものを持ち込んだが、線香は「白檀の香り・同行二人」と奮発した。恭しく御仏を礼拝し奉る、と合掌礼拝した後に、いよいよ経を上げていく。般若心経も、面白い伊藤比呂美訳のではなく、中村元訳のちゃんとしたものを本棚から引っ張り出して頭に入れてきた。

数珠も真言宗用で、母珠を覗くとお大師さんが見える、空と海をモチーフにした限定品を用意。えーと、右手は中指に掛け、左手は人差し指に、ひとつ捻ってからたなごころに入れて、右手が上になるように合掌。危うい音程ながら、ふう、なんとか経を上げ終えた。しかし、同じことを太師堂で繰り返さなければ、「あなたは経を納めました」と納経帳に記してもらえない。大変なことになった。しかも一つの寺で五百円掛かる。八十八箇所ということは、な、なに!

境内の隅で今さら戦慄していると、「荷物大きいね。歩いて回るの?」と高齢の参拝者に声を掛けられた。目深に被っていた菅笠を上げると、現金が差し向けられていた。「これ、お接待。頑張ってな」

衝撃過ぎる展開に烈しく動揺し、慣わしである納札を返すこともままならず、というか一気に乞食化したことが驚きを持って、自分に降りかかってきた。そうか、もう俺はと。さっそく金剛杖を買い忘れただけでなく、鐘を撞くことも忘れていたが今、即ち此処で、私は旅行者に非ず。戻り鐘は縁起が悪いという。

 

本来、お遍路とは乞食であり、その修行方法「托鉢の仕方」が、現代の専門書にも詳しく解説されていた。けれども野宿同様、まさか時代が許さないので、テントは持ってきたが、宿の予約も取り付けてきた。

初日の宿は、図らずも遍路宿という専門的な民宿だったが、ここでも時代は相部屋とは言わず、ドミトリーと言った。案の定、先客は外国人で、しかも巨漢の欧州人は大関把瑠都を彷彿とさせたが、白衣の背中に「南無大師遍照金剛」。もう一人の外国人はお遍路ではなかったが、「紅一点!」とアナウンスされてきた中年女性は、菅笠を被ったまま入室してきた。

初対面の宿泊者で囲む、しらふの夕餉に若干緊張しつつも、数秒で打ち解ける。同部屋のその女性は、なんと既に通し打ちで八十八箇所を結願し、お礼参りで一番札所へ戻ってきたところだという。明日、霊山寺を詣で四国一周となり、七十日間の遍路旅を終える。な、七十日! 別格二十番の寺院にも詣でて来たというから驚いた。

さっそく話が面白い。若いうちに遍路に出ないと後年に話の種がなくなるとは、読んできた書物にあったことだったが、お遍路姐さん、いや先達は完全に楽しんでいた。行としてではなく、旅行そのものとして、たっぷりの充実を愉快な話の中に滲ませていた。「だってそうよ、今となってはこんなに贅沢な旅はないわ。時間も金も、健康もなければ、歩き遍路は結願できない」

それでも遍路は遊びでなく行ではないかと、自らの口が発しておきながら、弘法大師空海が修行の地として選んだのは、峻険な日本アルプスではなく、山岳重畳の大峰山脈でもなければ、寒さ厳しい奥羽山脈なんて候補にもあげなかったろうと思い直していた。「そんな忙しない行程、つまんないわ」

我先にと急ぐ人は、つまらない人で、そういう人ほど、自分がつまらない人間だということに、まったく気付いていない。

「仕事を辞めたから遍路に出たんですか? それとも遍路に出ようと思って辞めたんですか?」

我ながら、つまらないことを聞いたものだと後悔した。真言密教は懺悔文にも重きをおいている。

夜半になって目を覚まし、耳栓を外して起き上がると、ドミトリーは鼾の叫喚の中にあった。結願したとはいえ、それとこれとは別問題のようで、先達のベッドの方から呻き声が漏れていた。

眠れなかったからなのか分からないが、この先の立ち寄るべく名所や泊まって素晴らしかった遍路宿を、先達はメモ帳に記してくれていた。それを受け取った直後、一瞬彼女がお大師さんに見えたのは、寝惚け眼だったからだろうか。