畢竟するに

郡山の美術館で、戦時中の子供たちに焦点を当てた企画展を観たのだが、芸術家の絵画よりも、当時の子供たちが描いた絵が物凄かった。絵画だけでなく「よく見る」そのことが何にしても基本だと思うが、そんな簡単なことすら出来なくなっていたことに愕然とするばかり。何にも見ていないのに、分かったつもりなのだから畢竟、何も見えていない。

北千住から特急リバティ号会津田島行に乗車したのだが、車内はがら空きで、シートが外されて車椅子やベビーカー置き場へと変えられていたスペースには、うらぶれた町の、今はもう使われていない施設のような閑散が置かれていた。

少し前に乗った特急りょうもう号はその外観もだったが、旅情というのは、やはりそういった破れたような、廃れたようなところから顔を出してくるのが常で、私は隠し持っていたカメラを揚々と取り出した。誰もいない車内で少し足を伸ばして、生意気な感じで構えたのも束の間、春日部から一気に満席になった。ベビーカーだけでなく車椅子まで乗ってきた。

鬼怒川温泉で大半の乗客を降ろすと列車は、ほくそ笑むようにして鬼怒川温泉の裏側に回った。全盛期がそのまま廃墟と成し、旅情どころか人間の愚かしさを描き出す。厳しい谷間山間に敷かれた線路が空の列車を乗せて、キイキイと啼いていた。

 

過日、三多摩シティハードコアそういう人たちに割と仲良くしてもらったことがあったが、五日市線とはその辺りを走るのだろうか。渓谷ハイキングの案内があり、クマも出ますといい感じだったが、推敲する間もなく終点の武蔵五日市駅に到着。

コンクリートが打ちっ放しの駅舎に、ステンドグラス窓から薄暗い光りが射し込むという感じは、あまり三多摩の特徴を捉えたものではなかった。

吾妻線の万座鹿沢口から大前までの僅かな乗り残しが、非常に重たくのし掛かっていた。こう見えて私も忙しい。だったら止めればいいだけのことだが、もはやそういう訳にもいかない。温泉にも入りたいし。下北半島で下風呂温泉を見逃すという愚行を犯したが、草津に来て湯に入らぬは愚の骨頂。

昼間に大前へ行く列車はなく一旦、長野原草津口駅から草津温泉へ向かい、夕方に駅舎へ戻ってきて、終点大前まで吾妻線を完乗。煙を吐いたような雪山が、ちらりと車窓から覗いたが、草津白根山だったろうか。草津の熱湯に頭と体を相当鍛えられたといえども、急に不安になった。