誇張するように貼られたステッカーは同人であることを示し、同じような車両が河川敷を占拠していた。並んで釣り糸を垂れているその姿は、まるで肉焼いて酒飲んでゴミを捨てる集団のようであり、今まさに目の前で悠久の流れが下してきた一瞬とは、まったく異なる時間軸にある。
どうして徒党を組むのだ。若い頃ならそれも力になるだろうが、いつまでも同じで何になるというのか。自らにレンズを向けた充実感は自らを欺き、人生が短いことも、常なるものは何一つないどころか、何にも向き合っていないのをひた隠しにしていることに、どうして気付かないのか。
そんな時間に満たされた遊興の時代に、一時の憂さ晴らしをも許さない克己的な釣りがあった。水無月の大水をきっかけに、鱒族はその奔流を遡ってゆく。日本アルプスを背景にした烈しい流れの中で桜鱒に挑むのは、自ずから然り、独りでなければ為し得ない。
私も一本の延べ竿と小さな毛鉤で本流の魚を狙う釣り人として、その辛さを十分に分かっているつもりでいたが、桜鱒の釣りは輪を掛けて辛いというより、もはや求道だった。
「自調自考」という言葉が朝刊の論考コラムにあった。流れの飛沫が塊となって打ち上げられる荒瀬に出た、初夏の山女魚を思い出した。淀みや岩陰からアタリ一つない厳しい釣りが続き、傾斜のついた強い流れの荒瀬が最後に残った。毛鉤を流すも、歯牙にも掛けず流し下される水の中に、果たして魚などいるのだろうか。迷いがなかったと言えば嘘になる。また消去法でもあったが、これが自ら調べ、自ら考え抜いたことだった。
釣り竿が大きく絞られると、一瞬の時間軸は大きく引き延ばされた。上流に向かって走った山女魚が翻るや、今度は下流で二度跳ねた。尺に満たない体躯だったが、その力強さが本当の命の力であるように誇示されて、破顔どころか私は河原で膝から崩れ落ちた。
独り、河の中に起つ。求道者が確かめたいのは、きっとそういうことだと思う。大仰でも何でもなく、それを確かめることで、生きていることを実感したいのではないか。取材時に河道を行き違えた釣り人は、この日に桜鱒を釣り上げたという。二十七インチ九・五ポンド。入川してから十四日目の最初のアタリだった。車は北日本のナンバーであった。
誰かが、人は孤独に打ち勝てないと言っていた。
大きな樹に登ったときの挿話は、詩画家の星野富弘の少年期だったか。樹の懐には広い空間があり、暗幕を掛けたように涼しかった。独りその中にいると、鳥が枝にとまって花を啄み始めた。しばらくして少年に気付いた鳥は、その丸い目を飛び出さんばかりに見開いて、大きな声で啼いた。樹の中で小鳥が少年の爪を囓ったり、普段人前で唄など唄わない村人が唄いながら道行く姿も見られた。
独りになる、すなわち自然と一体になるというのは、むしろ子供の頃から備わっている力。独りでいるからこそ、自然が見えてくる。自分まで見えてくるのではなかろうか。