一日も雨に降られることなく、外壁の塗装工事が無事完工。職工さんには大変な仕事となってしまったが、施主としては幸運に恵まれた。ありがとうございます、暑い中ご苦労様でしたピカピカです家と心から労うも、なんだか引きつった顔で受けられたのは誤解だと、私は言いたい。
「(・・・・・・働きもせずに、結構なアバンギャルドに乗りやがって)」「(ち、違うんです。終電が行った後とかに働いてるんです)」心の裡で責め苦をかわし、「(新車みたいですけど、十年落ちなんですって!)」と心の裡で弁明。
そんな出費のかさむ労働者の待ちに待った夏休みは、種々様々な障壁を乗り越えての南アルプスだったが、土砂降りに見舞われていた。つい先日にも大きな崩落事故が報道されていた、林道を走る専用バスは辛うじて運行していたものの、更なる天候悪化の予報につき、二三日の運休が見込まれるとの脅し付き。
「(行ったらしばらく帰ってこられないぞ、でも宿泊のキャンセル利かないぞイヒヒヒ)」
如何せん、この専用バスというのがアクセスの悪さに拍車をかけている。運行会社が経営を担うロッジや避難小屋に一泊以上することが乗車の条件なので、最盛期の予約を困難にしているだけでなく、宿泊料金がべらぼうなのだ。だから登山者は、どんな悪天候でも山へ誘われてしまう。

入山前に、地元の山岳会により開設されていた登山案内所で登山届を提出した。行程には余裕を設けていたので、天候が回復するまでは当然登らず、快適かつ安価なロッジのキャンプ場で停滞。そのために、ほら文庫本。二冊も持ってきたのだよと伝えると、男女の山岳会員が顔を見合わせた。
「え、登れないの?」
女の方はどう見ても里の婆さんだったが、態度を急変させて挑発。まさかこの雨の中を登れと、登山案内所で言われるとは思いもしていなかった私に、追い討ちをかけてきた。
「あたしなら登ってから考えますわー。ほれこの雨ですよって、山小屋も連泊させてくれはるでしょ」
このとき、予約のない宿泊が加算されることは案内されなかったが、すでに私の登山計画には綻びが生じ始めていたのだろう。崩落地の上を難なく走り抜けたバスから叩き降ろされると、他の登山者と同様に、私も雨具に身を包んでいた。
(つづく)