春分の日の夜が明けて

降雪により甲府行きの特急が運休したので、東海道に出て、富士から身延線を下って下部温泉を目指したのだが、倒竹が線路を塞いでいるとかで、ゴール目前で列車を降ろされた。七面山への登山は前泊地にもたどり着けないのか。これは登るなという暗示、いや警告なのかもしれない。浮かない顔で駅舎から出ると、ちょうど路線バスが到着したところだった。

どういう訳か予定より随分早く到着し、ぬる湯の名湯を独り占めしていた。予報も快晴に変わったが、むしろ登れ、絶対登れと言われると嫌な気持ちになるのだから、わがままな生き物である。

温泉街はますます寂れたように見えたが、「やまめ床」は健在だった。下部温泉を『温泉文学事典』で引くと、やたらと出てくる井伏鱒二。それは歴史に裏付けされた豊かな効能というより、魚の釣れる川が目の前に流れているからなのかもしれない。

湯舟のすぐ脇を走る渓の音に、でっぷり肥えた釣り人が楽しげに立ち込んでいる姿を映すと、やっぱり登りたくなくなってきた。

快晴にはなったが、強い降雪があったとのことで(奈良田や西山温泉方面は土砂崩れにより通行止めになっていた)、行程を表参道からに変更した。七面山の登詣はそれ故に苦行として意味を成すが、安全第一。そろりそろり確実に参ろうとするも、路線バスに同乗していた女性の登山客から、表参道の登山口までタクシーの相乗りを誘われた途端、どうして私は嫌な気持ちになったのだろう。

表参道には信仰のお山に登る態度を戒める言葉が、平易な文で説かれていると聞いたが、裏参道は法華経の「自我偈」が物々しく掲げられていた。そして山蛭が多く発生し、熊もよく出るらしい。誰もいない山路を登っていくと、次第に雪が増えて、すっかり冬の山に変貌していた。

幸運なのかと思いきや、晴天に照りつけられて青くなった。眩しく反射する雪の色が紫色に変わりだし、雪盲の危険を訴え始めると、なんだか足元も冷たくなってきた。無遠慮に雪が侵入してくるのは、ゲイターを着けているとかいないとかではなく、そもそも靴がハイキング用だからだろう。軽アイゼン以外の装備を成していないのだから、バスケットのないポールも深く雪の中へ潜っていった。

「よし、帰ろう」潔く諦めの決断を下すも、すでに勾配は急になっていた。当然、登るよりも降りる方が危険。もはや戻れないところまで来てしまっていたことに気付き、逡巡するのを止めた。まるで人生のようだと思い返すと寂しさがこみ上げてきたが、不思議なことに、雪で埋まった路には一人分の足跡がつけられていた。

 

到着を遅しと、宿坊の僧侶が軒下で待ち構えていた。「裏参道から? どうしてこんなときに」ともかく、冷えたでしょうと風呂に案内してくれたのだが、こんな山の上に立派な寺院や宿坊があり、おまけに風呂まで沸いていることに驚いた。

湯煙の中で先客に挨拶し、湯の中に体を沈めると、ああ、生き返った。晴れてきた湯煙に浮かんだ先客の風貌が、でっぷり肥えた井伏鱒二? 丸い眼鏡を曇らせて「お先に失礼します」ざばーっと湯が流れ落ちると、背中から尻にかけての彫物に憤怒の相貌で睨まれた。

明王を背負うのは、間違いなく極道者だ。あな恐ろしや恐ろしや。暖めたはずの体を震わせて、割り振られた参籠部屋に戻ると、やっぱ居るよねー、極道者が同じ部屋に。

「いやはや、今ほどは」大変丁寧な挨拶をされて、返す私は土下座のようになっていたが、明王は上総国から月参りに訪れているとのことだった。それはそれはご苦労様です・・・・・・、月参りって言いました? この山に毎月登ってくるんかい! 大変な荒行を実践する熱心な信徒で、宿坊での予定やお参りの作法、それから精進膳の前後に唱える食法など、懇切丁寧に教えてくれた。

色々あって、今こうしてあるのだろう。心静かに御題目を唱えている明王を覗き見て、思うことが色々あった。多分、人とかも殺したんだろなー、明王。それに比べて、隣りの部屋からけたたましく聞こえてくる山ガールの、山談義のけしからんことと言ったら。二食しかも風呂付きの快適な山小屋のように思っているのですよーあいつ等と、自分のことは完全に棚に上げて憤慨する私を、そんなことはないと明王は宥めた。

「だって、西の天狗、東の天狗って、言ってましたから」ああ、それは八ヶ岳の天狗岳のことですね。

「でも、雲の間からお薬師さまが、って!」あーそれもー、雲ノ平から薬師岳のことでー、北アルプスの最深部ですからねー、相当やってる登山客ですよー。

「ええ!? もしかしてあなたも、法華経の徒ではないのですか!」すみませんすみません! 殺さないでと平伏したとき突然、暴風のような音が轟き、宿坊を駆け抜けていった。

「龍神様です」閑かに口を開いた明王は、更に声を潜めた。

「不思議なことが、たくさん起こります」

七面大明神が坐す摩尼殿の御神前に案内され、せっかくですからと明王に押し出されて一番前での御開帳となった。登詣してきた者の名が一人ずつ呼び上げられ、切り火をした後に扉が開かれた。

凍てついた本堂で夕勤が始まると、僧侶の唱える速読という猛烈な速さの読経は熱となり、沸騰したように龍神が描かれていた天井へと昇っていった。打ち鳴らされた太鼓の大音量に続き、信徒が御題目を唱える。揺さぶられるのは魂、というよりも、なんでも分かりきったような顔をした観念とか概念だったろう。信仰、そして祈り。何百年も変わらずにこの山上から唱えられてきたのだと尊く思い、私も手を合わせて祈り、御題目を唱えるも、導師の法話が「エスエヌエスの話」でズッ転けた。

彼岸中日の御来光は随身門を潜り、摩尼殿を照らすという。巧妙に設計されたことを遥拝所の広場で感心していると、表参道をナイトハイクして登ってきたという登山客に顔を覗き込まれた。「ダイアモンド富士、ホントに知らないで登ってきたの?」

春分の日の夜が明けて、富士の頂から御来光が差してきた。色々あって、こういう体験をしているのか。不思議なことに。