春の物見遊山は特急列車に乗って観桜会、からのローカル線最速の沿線で越後路を横断するという鉄道の旅。前日に南部から特急で帰省した私をよそに、なんと特急初乗車という初心もいれば、此方はハンブルク出張の帰りとそれぞれ。それがどういう縁があってか、同じ列車に揺られて杯を交わし、次第に回り出す酔いのうちにそれぞれの人生を振り返るのだ。いやさ、痛風でさあ・・・・・・とか。
今年は満開に当たり、春霞に浮かぶ頸城山塊の残雪が一際美しく、外堀の魚たちも春の陽気に浮かれていた。駅前のホテルに頼んであった弁当が中々で、それもそのはず、あの坂口謹一郎博士に因んだ発酵食品が詰まっているというのだから、日本酒ファンにも嬉しい。
メーカーからの振る舞い酒は、あらバーボンなのねこれ。御歳暮で頂いた酒をプラカップで飲みながら、誰かが値段を調べてひっくり返った。実はドイツの後にロサンゼルスにも出張してきたとの話を前のめりで聞いていると、やっぱり行った方がいいよ、オレンジカウンティーとか。なんだったら案内するよ、今どんな洋楽聞いているの? と言われても、最近買ったレコードは洋楽どころか浪曲で、天津羽衣ときたもんだから答えに窮した。
だから飲み過ぎだって――。ついつい陽気につられて楽しくて、でも痛み止め薬を服用しないと相当ヤバいらしい。それぞれに現出した老いは疲れ、なのかなんなのか。痛風に腰痛だけならまだしも、子どもの不良化に親の入退院、自身も手術? いやさ、自宅の外壁も痛んできて。うちなんて壊れた軒天に鳥が営巣しちゃったよと、あれもこれも身も心にもがたつきが生じているのは、皆同じ。
ローカル線最速の列車が、長いトンネルを抜けた。広く晴れ渡っていたが、永劫消えることのないような大雪に反射された、寂しい青空だった。
春の遠い雪国は寂しい。寂しいけれど、だから美しいということもある。導かれた縁への気付きは、どうしてこうなっているのか、よりもここからがほんとうに大切なのだ。この命をどう活かすかは、もちろん利他的にであって、翌日に来年の下見でSLに乗車しました、ということではないらしい。
(旧日中線の枝垂れ桜の開花はもう少し先でした)