キャンプというレジャーを独りで愉しんでいる方は昨今多いが、一人なのにダッチオーブンでパンを焼いているキャンパーは少ないと思われる。重いし、面倒臭いし、なにより一人でパンを焼いても、あまり楽しくないというか、なんというか。むしろ寂しさが募り、惨めな感じが否めなくなるかもしれない。
しかし、本来は気楽なソロキャンプこそ、最も大変な充実に向かうべきである。誰に料理を提供するわけでもなければ、誰も見ていないのだから、失敗してもまったく構わない。すべてやりたいように、自分の想う通り遣りきれるはずなのに、一体どういう料簡で多くのソロキャンパーは、酒と焚き火に包まれて、安直なまでに肉塊を焼こうとしているのか。勿体ない、せっかく独りなのに。せっかくこの世に生まれてきたというのに。
計らずもダッチオーブンを新調してしまったことが、例えば天啓だとしたら、あなたは焼かざるを得ないだろう。フランスパンを。私はフランスパンを焼くためだけに、湖畔のキャンプ場を訪れていた。

生地は自宅でこねてきた。一次発酵を済ませ、冷蔵庫で一晩寝かせた状態でキャンプ場に持ち込んだのだが、はて。緩やかな午後の湖畔において、最終発酵はまったく進まなかった。
ゆったりのんびり、心安らかにパン生地と向き合っているというのに、なんでや。関西人でもあるまいに、なんでやと顔をしかめるも、くっさめ。その鼻先を晩秋の冷気がくすぐった。季節は思ったより進んでいた。私は目立たぬよう布巾で覆い被して、エンジンの掛かった車内で発酵させた。
ボウルを脇に抱えた私は、そそくさと駐車場の坂を駆け下りた。何食わぬ顔で、ボウルからパン生地をダッチオーブンに移した。周りのファミリーキャンパーらに変わった動きは見られず、湖面にも波一つ立っていなかった。膨れ上がったパン生地が、オーブンの中に丁度良く納まっていた。胸を撫で下ろした私の上部から声が掛けられた。
「え、なに、パン焼くの?」
いつから、どこから見ていたのか。人懐っこいような顔を、更に破顔させたオールドバイカーが、簡素なキャンプ道具を担ぎながら近寄ってきた。東北をぐるり回ってきて、明日関東に戻るという御仁も独りだったが、道中よほど寂しかったとみえて話が止まらない。そのうちに、あなたのことも聞かせてくれとせがまれたが、なんのことはない。ただフランスパンを焼いているだけだ。
「え、一人で?」
日の傾きだした湖畔のキャンプ場で、こくりと頷いた私の顔を見て、オールドバイカーは血相を変えていた。

三十分後。リッドリフターを持ち上げてオーブンの蓋を開けると、パンの焼ける、香ばしい小麦の薫りが広がった。その薫りは、歓びに満ち満ちていた。
側面に置いた炭が知らぬ間に崩れ、下火を強くしていたようで、少しだけ底面を焦がしてしまったが、落第は免れたであろう。キャンパーらしからぬクッキングシートが、ちと豪快さを欠いたか。
課題が残されるのも、実は楽しいことなのかもしれない。次回は湯煎での発酵も習得したい。
