「真理は間違いから逆算される」と、鶴見俊輔の言葉がラジオから聞こえてきた。敗者の目線で描かれたものが、どうして面白いのか。凋落した一族が身を潜め、そのまま隠し通してきた湯の中でしみじみと考察するほど、その湯は温くなかった。
秘境、秋山郷は屋敷温泉にようやくたどり着くも、宿は閉まっていた。が、露天風呂の入浴は可能と記されており、覗くと、着衣したままの女性が一人。風呂上がりに火照るわけでもなく、憮然としながら湯の前で立ち尽くしていた。
ポストに入浴料を入れるようにあったが、温度を確認してから支払うように、との注意書きも。なるほど隠し湯、熱いのだなと察したが、ここまでの道程を思えば、注意書きより何よりも、先走る昂奮は私にもあった。
「五十度はあります」

湯桶がなかったから、ゴムサンダルの踵で湯をすくって、かけ湯だけしたと女性。
だ、ダメだよそんなことをしては。こういうときのために、不断から鍛えておかなければならないというか、湯温計も持たずに五十度などとは大仰で、大抵は四十五度程度の場合がほとんど。だのに、「まあ頑張って入ってみてください」とまで吐き捨てていったのだから、だ、誰にものを言うているのだと憤慨。
ピリリと熱い湯は芳しいほどに薫る、含硫黄の硫酸塩泉。憤慨どころではないそれが全身を瞬時に包み込むも、すこぶるさばけの良い湯で、非常なまでのさっぱり感を骨の髄や脳神経まで到達させたのは、温泉の成分だけではない。
喧騒のまるで届かない、深い山渓から見上げた晴天は大解放で、夏山の啼き声と渓声にどっぷり浸らせてくれた。いやいや、これぞ名湯秘湯。温泉ファン、なんだか久しぶりに感激の湯となったが、これを手にいれた平家とは、果たして敗者だったのか。
まあしかし、間違えてきた道程をたどらなければ、この湯にはたどり着けまい。
