難所切所も越ゆるこそ

時間がない、暇がないと言い訳を並べて、随分と助兵衛なヤマメ釣り場の、随分と高額な日釣り券を購入したのだが、そんな釣り場に釣り糸を垂らしていたのは、やっぱり随分と助兵衛な釣り人だった

「・・・・・・あの人、いつからあそこに居ます?」

橋の上で、三本くらい立て続けに煙草を吸っていた助兵衛に、橋の下にいた助兵衛のことを伺うと、

「一昨日くらい、じゃない?」

結局、そんなつもりじゃなかったのに藪漕ぎして、崖を下って、おまけに川の中で転倒して、それでようやく出した一匹は釣り竿を嬉しいほど絞ってくれたのだが、また足を滑らせて逃すという失態。

このままでは帰れない。けれども時間がないのは本当で、おまけに日が暮れる前に幹線道路に出ないと出るらしい、熊が。今年は本当に事故が多いとのこと。

今更だが、随分勝手に環境を作り変えておきながら、熊が出たと騒いでいる。保護された自然も、人間のために残されたと勘違いした人が多かったのだろう。レジャーとなってリゾートを呼び込み、破壊の上に築かれた路を私なんかが歩いている。当然、熊もそこを歩いていく。

ハイシーズンが目前だというのに、釣りは先の通りで、言うほど高くない山に登っては、ぶっ倒れそうになった。あれだけ遍路で歩いたのだからという謎の自負があったが、やっぱり謎の自負でしかなく、いよいよ焦燥に駆られた。

体を慣らすべく、急遽出掛けた東北沼巡り。白南風を吹き抜けさせた鎌沼の湿原は、コバイケイソウをあやしていたが、雄国沼のニッコウキスゲはもう終盤で、その黄色い花弁を餞にしていた。趣のある沼巡りとなったが、果たしてこれは登山行だったろうか。

私は最初から、気持ちで負けていた。何に負けていたかは、また謎だが。

「難所切所も越ゆるこそ、熊野の旅、いや人間の旅路だ」と、新・平清盛は長子の新・平重盛を鼓舞したが、私は新でも旧でも重盛ではない。本当の私は助兵衛なんかではない。

けれども何かが空回りしているようで、釣り易そうな河川や、登り易そうな山ばかりを選び出しているのだから、あまり面白くない。気持ちで負けている。だから何に負けている?