いずれ大物の概あり。などと釣れた岩魚に歓んでシャッターを切るも、すぐに欲が出てきて、ついさっきまでの嬉しさを相殺するから、苦しくなってくる。楽しいはずなのに、どうして苦しいのか。過信と分かっていながらも、希望を抱いてしまうのはなぜなのか。しかも苦しいときを絶頂として振り返るのだから、どうしていいものやら人間ってば。

山岳重畳。喘ぎながら登ってきた、白木峰の山頂は大展望で、剱立山、薬師から槍穂に乗鞍、御嶽までずらり名峰が並んで見えた。そしてぐるり向き直ると霊峰白山。なるほど、頂上部に開けた湿原越しに望むこのパノラマは、急過ぎる坂路を登るに値する。
と言い切りたいところだったが、疲労困憊。明日登る予定にしていた、金剛堂山に向き合えないでいると、地元の登山客が言い切ってくれた。「あっちも結構登るよ。おまけにいるよ、熊が」延期。無期限延期。

かけ流されるぬる湯がざぶざぶと。深い追いせず、庄川湯谷温泉の湯の中で、すでにやる気なし。びっしりと気泡が体に付くのは湯が新鮮な証左で、深い湯船も疲労回復に効果あり。ああ、温泉ファンで良かった。吝嗇家でなくて本当に助かった。
早く帰途につけば、今日から始まる、大相撲名古屋場所に間に合うではないか。ならば、越中の熟成酒を買って帰らねばならぬ。鱒寿司も土産にせにゃならぬ。

楽しいはずなのに、どうして苦しいのか。それを能動的に行うのであれば、そんなのは匹夫の勇に過ぎないと。
