人生即遍路、巻第八

「あれが桂浜ですよ。浦戸湾に掛かるのが浦戸大橋。なかなか高くて恐いのもありますが、道が狭くて、歩きでも自転車なんかでも、非常に恐いんです」

土佐国分寺で追いついて、次の第三十番札所善楽寺で私はその日の行を解いたが、彼は今日中に竹林寺を打っていくと言って別れた。が、翌朝に境内で再会していた。脚の痛みが酷くなり、結局昨日は断念したが、朝になってもあまり痛みは引いていないという。

歩きでは二巡目という彼は、別格霊場はもとより、自転車でもう何周も巡っていると恥ずかしそうに教えてくれた。自他共に認める、お四国病の彼だったが、それでも先を急ぐ理由を尋ねると、「来月で四十になります。それまでに、四十番まで行きたい」。

関西の地方公務員として働きながら、大型連休だけでなく週末にも四国を訪れ、細かい区切り打ちで霊場を歩いている。壮齢のお遍路は、丁寧に、網代笠を脱いで名乗った。それに倣って私も、笠を脱いで名乗った。しかし、どうしてまた、そんなに四国ばかりを?

「うーん、よく分かりません。あはは」

からからと笑いながらも彼は、やっぱり恥ずかしそうにして、杖を握っていた。

五台山から下りてくると、浦戸湾に戻し入れるための用水路が河川に併走し、小規模ながら水郷地帯の煌めきを映していた。河川敷の遍路道を一緒に歩いて、私たちは次の禅師峰寺を目指した。

「やっぱり歩き、速いですね」「君は遅いよね、ちょっと」

うふふあははと、自然な会話が長閑な土佐路の風景に溶け込む。日本酒が好きで、遍路のついでに酒蔵を訪ね歩いたりもしているというから驚いた。

馬が合うとはよく言ったもので、山と渓のように働きを共にすることで、それぞれが活きる。成り立つ。それぞれを活かしきる、とまで言っても過言ではないのかもしれないが、現代の人間社会は自然にすら波長を合わせられない。地域の住民のために骨を折る、そういう彼が私に合わせてくれているだけかもしれないが、昨日の私のように、無理を積もらせているようには見えなかった。

しかし、脚の方には疲労が蓄積されていた。仕事の都合上、夕方までに一度戻らなければならないというが、痛むその脚で彼は、どうして、どこまでも歩いていこうとしているのか。私の足とてマメだらけで、ケア用品を登山の時より多く塗ってはいたが、何の効果ももたらさない。遍路は本当に甘くない。分かったつもりを覆すように転がしては、また考えを歩かせる。廉価なズック靴で果てなく歩かされている、彼の痛みを私は想像してみたが、「一応これ、トレランシューズなんです」。山路にかかると、また驚かされた。彼は天狗のように駈け上がっていった。

高台の禅師峰寺は海に向かって開けており、入港する大型客船の汽笛まで聞こえてきそうだった。浦戸大橋を渡って桂浜にも行ってみたいが、種崎から長浜への海路が正規の遍路道。お大師さんも渡ったであろう、隔てられた湾を船に乗って歩いていく。無料の県営渡船は、朝夕以外は一時間に一本しか運航していないが、「午前最後の便に間に合うかもしれません。さあ、急ぎましょう」と、二人は杖を握り直した。

凪の湾に舳先が当たり、無風を裂いていく。甲板でその爽快を浴びていた彼だったが、被った網代笠には、迷故三界城、悟故十方空、本来無東西、何処有南北と墨で書かれている。迷うが故に三界は城、悟るが故に十方は空――。私の笠にも同じことが書かれているが、人品骨柄卑しからざる壮年の男子まで、四国遍路は彷徨させる。グローバルな時代で、開かれた世界が広がっているというのに。

「実はこの高知で、遍路宿をやりたいんです」

驚くも、すぐに妙案だと歩きながら膝を打った私に、やっぱりどこか恥ずかしそうにして、彼は話を続けてくれた。幼い頃に家族で訪れたのは、遍路宿ではなく、海の家のような民宿だったかもしれないが、そこで父親が何気なく語った言葉をよく憶えている。「こういうところで、民宿をやれたら」父親は鬼籍に入って数年経つが、それが自分の念いであったかのように、年々大きくなっているという。

土佐でやりたいのは、やっぱりお遍路に厳しいから?

「ん? ああ、お接待のことですか。あはは」と笑いながら彼は、「でも徳島でお接待が多いのは、自分の所で倒れられては困ると、そういうことってなかったですかね。もちろん昔の話ですが」曲解ではなく、少し真剣な眼差しを私に向けた。

阿波では無数の遍路墓が路傍にあったが、確かに、土佐路に葬られていたのをここまで見ていない。何が本当で、どれが正しいのかを見誤るのは、見方を一つにしてしまうからだが、世界は仮想の時代である。宗教者のように遍く見て、縮図に出来る要領があれば迷うことも少ないだろうが、凡夫には備わっておらず、彷徨う他に路はない。

小さな世界をぐるぐると、本当に見なければならない、小さな世界をぐるぐると。そこにしかない、自分の世界をしっかりと見つめるために。――本来東西は無く、何処にか南北あらん。

第三十三番札所、高福山雪蹊寺に着いた。彼はここで行を解き、高速バスで一旦戻るというからお別れだ。丁寧を心掛けて経を上げるも、どうにも身が入らない。別れる前に、慣例としてある、お遍路同士の名刺交換をしたいが、私は見合うような人間だったろうか。迷惑ではなかろうかと、気が気でなかった。

納経所を出ると、バスの時間が迫っているというのに、彼の姿はまだ境内にあった。右手には、色のついた納札が握られていた。