西方浄土、観えたる

途端に鼻腔を駈け抜けた閃光が、そのまま眉間をズブりと突き刺した。視界から色彩が奪われると、脳天から折り返してきた辛辣に喉を灼かれ声も出せない。ようやく泪の中に戻ってきた光に私は、日没を観たのだ。おお、あれが彼岸の、西方浄土――

山岳重畳、四国はほんとうに山深い。だから道が細い。それが終わりなく続く。早鐘を打ちながら見通しの悪いカーブを進むも、どうしてダンプカー。ねぇ、どうしてタンクローリー。登山口にたどり着くだけで疲労困憊、翻意促されっぱなしで、凡百の迷いを倍増させながら赴いたのは遍路。ではなかったのだけれども。

「流れては妹背の山の中に落つる、吉野の川のよしや世の中」

川の流れがそれぞれの山の中へ落ちて隔てるように、人の間も睦まじいときばかりではない。和歌に連れられてきた山路を振り返るも、どうもこの四国三郎の吉野川は様子が違う。石鎚山脈から四国山地を見事に横断して紀伊水道まで流れ下る大河は、その異名通りの暴れ川。山脈の霊峰石鎚山も険しい修験場であり、垂直の鎖場を見上げた団栗眼が慄いていた。ひゃぁー。

眺望絶佳の山頂だったが、向い様に屹立していた天狗岳に息を呑まされた。そもそもあれは、睦まじいときなど認めないぞ、あれは。昏倒するほど険しく聳えた頂が、見えるから怖いのか。それとも知らぬから怖いのか。

誰しも迷いの心があり、そこには盲目的な闇があるものだが、その吉野の川が紀州のだったとは知らぬ無教養、それもまた盲なり。

 

修復工事が進む道後温泉本館の入口は、真後ろに移されていた。工事の様子を何度か見てきたが、完成を待たず石鎚山を下りてきて、これでしばらくは伊予松山を訪れることもないだろうと遍路。まだそれが残っていたか。温泉に乏しい四国だが、秘境祖谷渓谷に湧く硫黄泉が目も眩むほどの高さにケーブルカーを停めて私を待っていた。ひゃぁー、結構ぅ下るのねー。

里まで下り杖をとどめるも、あまりに山が深すぎて、いわゆる観光的な軽い感じの名物というものが作れなかったのだろうか。饗された食事には一本まるごと山葵が添えられており、鮫皮を貼った板で円を描くように山葵をおろして、そのまま白米に塗して召し上がれ。

一瞬も二瞬も躊躇うも、ええい則天去私だと掻き込んだ。至当、痛いっ辛いっ――、痛い!

なんの業苦だというのか。肉を好まず色に溺れず、酒を控えて慎ましく、湯に入る前はしっかり体を洗ったのに!光を失い、辛さ痛さによろけては狂い舞う弱法師。おお私が一体何をした。

迷いの心が闇となっているのであれば、その眼を閉じて観よ。その眼を閉じて観よ。満目青山は心にあり。

揺曳する朝霧を一吹きで飛ばした風が、山頂台地で密生したミヤコザサの上に残っていた。

この風は私を洗う古の風は、阿波の剣の平家の馬場から千年吹いてくる。

私は脱帽し、過日をここに捨ててゆこう。

 

そうそう、そういうの。なんだ、あるじゃないのよ。陶板の上でその良質な油を四方八方へ跳ね飛ばしながら、阿波尾鶏なる地鶏が運ばれてきた。油はねが浴衣の開けていた脹脛を衝き、赤く腫れあがったのをのぞき込むと油が勢いよく団栗眼に飛び込んで今度こそ西方浄土、観えたる。