薫風にくんくん鼻を鳴らして直売所。まさに雨後の筍状態で並べられていたから、余計にどれがいい品なのか皆目見当が付かない。開店直後にも拘わらず店内は盛況で、我先にと伸びてくる手にたじろぐばかりだった。
それでも負けじと食い下がり、一際大きいのをつかみ上げた姥にテレビ取材のカメラが向けられた。孟宗片手に喜色満面のおっ母さんが。カメラ目線で。ああ、やめて恥ずかしい――。
忘れていたわけではなく、母の日を一週ずらしたのは、湯田川温泉の孟宗膳を予約するためだった。
好ましい家族経営の旅館が中心の湯田川温泉は東北屈指の古湯。千年を超えて湧き続ける湯はどこまでもまろやかで、これぞ熊野松風は米の飯。色や香りに水際立つ個性はないけれども、誰からも愛される適温の湯が絶えず湯船から溢れていた。
反対口から入浴客が来ても驚かないでと、二軒の宿で共同利用しているという珍しい風呂場だったが、なんとなく出会いの場のようで、ちょっとドキドキしながら湯浴みするも誰も入っては来なかった。残念、ってこともないけれど。
肩まで浸かってゆっくりじっくりと。疲れを知らず、体の芯からポカポカに。名湯の誉れが高い。
薄曇りだったが、雪解けの最中にあった鳥海山まで望めた。孟宗汁に孟宗ご飯、刺身、焼き、若竹煮。煮しめ、粕漬けに天ぷらと余程の健啖家でなければ食べ尽くせないほどの孟宗づくしで、なんだか一週間、渋面を作っていた母の顔も雪解けしていた。
海あり山あり川もあり、銘酒まである。何より共同浴場がある。積雪も少ないと聞けば、庄内田川は無何有の郷だったか。やはりこういうところに移住したいなと漏らすと母も大きく頷いていた。
薫染をくんくん受けて、姥までついて来られては困るのだけれども――。