シンポジウムと冷凍標本の行方

「冷凍の標本は差し上げますので」と参加者全員に配られた特定外来生物の巨大ザリガニだったが、熱を帯びた論議に解凍され、若干臭ってきたから気が気でない。これは果たして茹でられているのだろうかという心配の他にも、どうしても持ち帰らねばならぬのか、またその場合はどのように食すのかと、まったく集中できないではないか――。

産業管理外来種であるブラウントラウトの分布と駆除状況を基調講演に、生物多様性シンポジウムは開かれた。のっけから水産庁のデータは怪しいと在野の研究者は揮ったが、水中銃での駆除は「やみつきになるよ」と会場を凍り付かせていた。

先ず以て「外来生物駆除の精神」はどこにあるかと学生が問うたように、外来種は悪で在来種が正という低俗な構図でなく、現実問題としての保護と駆除をどのように考えて実施していくべきなのかを深めたい。

そもそも、どうしてこうなった。

どの地域よりも豊かな水と魚であふれていたはずの信州が、なぜ四倍体ニジマスとブラウントラウトの交配種である「信州サーモン」を作り、売り出さなければならなくなったのか。

西大滝ダムと宮中ダム建設に魚の遡上を阻まれて、漁協は琵琶湖産の鮎を放流したが、冷水病が蔓延。鯉にもコイヘルペスが発症し、そこで代替策として作られたのが「信州には一切由来のない」謎のサーモンというのである。

遊漁に活路を見出した別の漁協は、釣り目的の放流事業で黒字化に成功したが、浅薄な放流が今日まで恣意的に続けられ、ニジマスだけでなくイトウまで放たれる始末。日本海へ下る流れにアマゴが放流されれば、当然のように小型化するサクラマスはサツキマスなのか、もはや何者なのか分からないという。釣り人もそれに甘んじたというより、はっきり加担したというべきだろう。

元凶であるダム開発は、悠久の流れだけでなく、人の良識まで遮ってしまうのだろうか。

養殖されている魚はフィッシュバーガーになるのか、白身魚フライとなるかは知らないが、巨大なアメリカナマズがダム湖の網生簀の中で出荷を待っている――というのは、遠い国の話ではなく日本国内での話。

本州以南では魚の放流なしに河川での資源を維持できないとされ、外来種までが公然と養殖されているのだから、大きな嘘とまったくの矛盾が産業の中にすっぽりと隠されている。こんなことばかりで、自然環境はおろか私たちの生活は、ほんとうに大丈夫なのだろうか。

原材料が国産外来種である国内加工品で少ない食糧自給率の飽食を満たし、環境を切り拓いて産業化しようと目論むアウトドア企業や地方自治体の誇大広告に貴重な余暇を食い潰す。もう訳が分からないが、破壊され、換金された後ろに聳える無機質なダムが、その中にヘドロ化した土砂をしこたま貯めて大水を待っていることだけは確かなのだ。

頑強なハサミを構えた巨大ザリガニが、惨めにも解凍されていく。おびただしい数の生息がダム湖内で確認されたとの報告だった。