丸腰の秋、メッカにて

安曇野は、アートラインを行くべきである・・・・・・。北アルプス山麓の安曇野は、数多の流れが豊かな魚を育む水の里。だがその実情は、乱立する砂防堰堤に本流は骨抜きにされ、養殖産業の効率を上げるために用いられた外来種がその中を群雄割拠するのだから、これほどぶっ壊れたメッカというのも他にあるまい。ことさら熱心に竿を振るまでもないのだと(!)言い聞かせて、私は本当に釣り竿を置いてきた・・・・・・。

どうして若干の入り辛さを感じてしまう、安曇野ちひろ美術館で開催された「わたしの好きなちひろ展」。作品に寄せられた公募のメッセージはどれも深く作品を鑑賞しており、寄り添い、愛したからこそ生まれ出た言葉が淡い色合いの優しい水彩画と相まって、幾度も胸を打った。

いわさきちひろの日記やエッセイ、対談などを編集した書籍に「二つの足音」と題されたエピソードがある。

一日のうちたいてい二回、私のこころにちょっとした温いしあわせな気持ちがよぎる。コツコツと、小さな足音と、大きな足音が、それぞれ私の仕事場の前をとおって玄関にむかうときだ。

一つはお昼少し過ぎ、小さい足音の小学一年生、もう一つは一日のおわり近くに聞こえてくる夫の大きな足音。家庭のなかにある何気ない幸せの音を母として、そして妻として聞くことができるのは平和だからこそ。戦争体験者であり戦後はコミュニストとなった彼女が、噛みしめるようにして綴ったであろうその話が印象深く残っている。

戦後復興、高度成長を経ていつの間にか見失われた豊かさ、失われていた優しさや美しさを描き、それを子どもたちに送るのが生きがいであると話した彼女の源は、やはり愛であったと同書は最後にまとめている。

大人というものはどんなに苦労が多くても、自分のほうから人を愛していける人間になることなんだと思います。

百万円近くする絵画を購入した先輩を揶揄し、それよりもポンコツ車をなんとかしたほうがいいと若い頃は笑いものにしたが、大いに反省す。車はポンコツでも部屋に飾る絵画の奥行きを重んじる今は、精神的な豊かさをもたらすのがどちらであるか知っている。もちろん模写複写しか購入できませんが——。

安曇野山岳美術館で「二人展」を鑑賞。Eテレの日曜美術館で吉田博は、日本よりも海外で広く名前が知られ、作品はダイアナ妃にも愛されたと紹介されていた。もう一人は山岳画の父こと足立源一郎。「時として茫然として絵筆の動かせないことさえしばしばある」山に尊崇の心で接しているという画家だから、山をつぶさに描くことができたのだろう。冬に向けて雪山の油絵を一つ飾りたいのだが、こういった大家の名画など購入できるはずもない。うーんだったら、いっそのこと自分で描いてみるかと。

高山蝶はまだ図鑑に乏しくカラーフィルムもない時代、どうして羽根がこのようなデザインになったのかを調べるには、自分で写生するしかなかったと写真家の田淵行男。ずっと訪れてみたかった「田淵行男記念館」でその高山蝶の細密画を前に、あまりの美しさに言葉を失う。描けるわけがない——、芸術家の観察眼が自分のフィルターを完全に外して、観る、それを写す。どうしてそんなことが真似できようか。数百円のコピーを購入して千円程度のフレームに入れて飾ってみたが、なんでしょうこの素敵さは。

とても一日では回りきれないので、遠く有明温泉から引湯した穂高温泉郷に宿を取った。明日もアートラインを行く予定だが、やはり夜半にうなされて目を覚ました。

どうして私は丸腰でやってきたのだろうかと・・・・・・。