輪行キャンプ旅、それがまにまに

115系弥彦色に揺られながら録り溜めていたラジオを再生した。『民謡沼めぐり』春スペシャルは、酒造り唄特集。酒造りの工程に沿ってその労作唄を紹介する日本酒ファン垂涎の内容だけでなく、アルコール添加(通称アル添)の日本酒と三味線が入る新民謡(シャミ添)には歴史的な共通点があるのだというから面白い。

しかし、五月の休日はいつもつまらない。魚釣りには時期尚早、高い山にはまだ雪が残る。だったら南へと、ご時世それが叶わないから尚のこと。ああ、風薫る季節はつまらない——、風?どうして今まで気付かなかったのか。風を切ってペダルを漕げば、見える風景また変わるはず。自転車積んで行く輪行旅は差し詰め「チャリ添」でしょうか——。

〽おけさ踊りと磯打つ浪はノ ハ ヨシタナ ヨシタナ 今じゃ天下の良寛様もノ昔ゃ行脚のソーレ草枕

民謡でも唄われた良寛禅師生誕地の駅で降り、自転車組み立て草枕の行脚を開始。剃髪の寺や帰郷後の仮住まい、定住地に親類縁者ゆかりの地、そして遷化の地まで走っても100kmに満たないお手軽サイクリングだが、面倒なことに、点在する禅師の詩歌碑を巡り「その場で声に出して詠む」のだと私は言う。しかも、わざわざテントを背負って行くのだから、ちょっとした奇行だろう。

良寛の書は神品とも日本最高峰とも言われ、当人の血脈はなんと橘諸兄に繋がる。それでも托鉢僧として清貧に生きた禅師が求めたのは、求めない生き方だった。求めず、疑わず、だから怒ることもない清浄な自己、ほんとうの自分が観て写すものが芸術の粋だとしたら、それが欲しい。どうしてもその力が欲しいのだと求めた愚行に、随分走ってから気付いてしまった。

 

君にかく あい見ることの 嬉しさも まだ覚めやらぬ 夢かとぞ思ふ

晩年に弟子となる尼僧が良寛に逢えたことを夢のようであると嬉しむも、禅師の返歌はどこまでも清々しく、まさに薫風が吹き抜けてゆく。

夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語る夢も それがまにまに

語る夢もなりゆきにまかせようではないか。夢でもうつつでも、すべてを受け容れる柔和な人柄は寛容そのものであり、これが何にもとらわれない境地の為せる業なのか。それがまにまに、だから今も多くの人に愛されるのだろう。

長いトンネルを抜けると丘陵のキャンプ場まで勾配のきつい坂道が続いた。息を切らし汗だくになって到着したが、どのキャンパーよりも私は一際爽やかだった。

山登りのキャンプではないので、道中での食材や酒の調達も楽しみの一つ。大型のマーケットではなく地域の商店、八百屋に鮮魚精肉店を探して買い求めれば食材を余すことなく、ゴミも少なくできる。加工食品などは使わずに素材を活かしたキャンプ飯を味わいたい。そもそも不便の先にある楽しみと面倒の上にある美味しさを自然に近い環境で再認識するのが、現代のキャンプというレジャーではなかろうか。

ことに最近は勘違いした客も多く、電源の付いたサイトで電飾を張り巡らし、さながら宴会場にして夜半まで騒ぐのだと管理人は嘆いていた。バーベキューコンロやキャンプチェアなどをそのまま置いて帰る客も少なくないというから驚いた。

捨てられそうになった鍋蓋を、もったいないと譲り受けた良寛禅師がそれに書いた『心月輪』。現代人はその使い捨てを「執着しない心である」とまでは言わないだろうが、捨てられる鍋蓋に輝く満月を見出すことなど到底できまい。

 

明け方に降った雨がテントを少し大げさに叩いた。それでもなんら濡れることなく、私は快適に両足を伸ばしてる。朝食は昨晩炊いた米を握り、味噌を塗って炙ればいい。誰か問わん迷悟の跡、何ぞ知らん名利の塵、夜雨草庵の裡、双脚等閑に伸ばす——

良寛芸術の円熟期を過ごしたとされる乙子神社の草庵で自転車を降り、月見坂の山道を歩いて五合庵にたどり着いた。この庵で暮らす良寛のもとに、藩主から城下に立派な寺を用意するから就いてほしいと届けられたが、禅師は句を詠んで返した。

焚くほどは 風がもてくる 落葉かな

小林一茶にもよく似た句がある。焚くほどは風がくれたる落葉かな——、柔らかいのは一茶の方だが、導かれていること、そして生かされていることを感じさせるのは、風が持ってくる方ではないかと私は思う。

利と己の優先が当然の主張とされ、確固たる個とやらに固執が見られる昨今。拘泥と妄執にとらわれるから、求めてしまうのではないだろうか。良寛禅師の真の言葉に心動かされる度、思い込んでいた自分が消えてゆく。消えてなくなれば、あとは受け容れるほかに何もない。求めなくとも風が吹き、落葉は集められているのだから。

自転車を積んで行く輪行旅、お手軽サイクリングをあえて面倒にして楽しむ。そうか、民謡をたずねて走るのも悪くない。民謡と言えば東北、東北と言えば五能線だ。40系五能線色は残念ながら運行を終了してしまったが、白神山地の——と、尽きないのであります。