市井のストロングスタイル

ドイツでは来年までにすべての原発が停止されるというのにこの国は、オリンピックですと?——大会前の強化合宿だったのか、病気療養前からもよく駅前広場で見かけたあの競泳選手でしたが、復帰後はやはり細くなったように見えました。それでも競泳選手の肩幅と言ったら、力士やプロレスラーの筋肉と同じく並ではありませんね。

春爛漫に呼応した海は航海中もずっと穏やかに凪いでおり、(業務で訪れていましたが)いつも以上に観光気分を全開にして島へと渡ってきました。奮発して昼に鮨を食べ、博物館で島の成り立ちを学んだあとは少しドライブ。景勝地から名山を見上げると、まだ雪を頂いていたその姿がとても雄々しく、まるで島を引き連れて隆起したかのように壮大でした。

ホテルは全景がオーシャンビューでコース料理も美味しく(業務で訪れていましたが)、電線の一本も映り込まない入江の景観に、そして雑多の一切を届かせない月夜の潮騒に、あらためて贅沢を感じさせられました。若い頃はあまり魅力を感じませんでしたが、夏には盛んに薪能が催されることを知る今は、島への移住もありなのではないかと。

来た道を少し戻って、酒屋を訪ねました。純米酒を熱心に扱う酒屋の店主は、元プロレスラー。初代ヤングライオン杯の覇者であり、旧UWFにも一目置かれた技巧派であるばかりか、カールゴッチ(神様)からも将来を嘱望されていたという、本物のストロングスタイル。獣神ライガーに成る以前の山田恵一選手のことは幼少期の記憶にありますので、店主のレスリングも観戦していたと思います。

店主はなぜか「金髪」の出で立ちで、若干のFMWを醸していましたが、人品骨柄は変わらず、扱う酒の質と同じく柔和で、かつ実直なストロングスタイルのままでした。久しぶりに頂いた店の冊子も楽しく、飾らない言葉にもその人柄がよく滲んでいました。実家の近所の酒屋でも冊子を作って配っていましたが、借りてきたようなうんちくに個性はなく、実がない。ゴッチイズムを感じられない。そもそも、味わいが相対するような酒をどちらも美味いというのだから誠実さに欠けます。

「良いのか悪いのか、この店のあの棚にずっとおられる酒でして」

少しだけ恥ずかしそうに話してくれた言葉の真相に応答すると、店主は嬉しそうに続けてくれました。

「そう、熟成していらっしゃる」

まだ知らぬ越前の酒でしたが、全量純米蔵の酒は驚きの低価格なれど、味わい深くキレも良い。醪を完全に発酵させた骨太の酒は余分な糖分を残さないから辛口になる。そして、作り手と売り手の誠実な仕事を経て熟成し、この島で私を待っていたのだとしたら、こんなに楽しいことはありません(業務で訪れていましたが)。そうか、島にはこの酒屋もあるではないかと、ますます魅力的に——

「人間が巨大技術で自然界を支配する権利などない」

復路の船上で遅い朝刊を捲ると、ルポライターの随想に「忘れ得ぬ言葉」として、反原発運動の理論的支柱となった市民学者、高木仁三郎の言葉が綴られていました。

科学技術を進めるよりも市民への啓発が第一だとした科学者は、市井の人となり多くの著作を遺しました。中でも初めての小説にして遺著となった『鳥たちの舞うとき』は、名著であります。余命幾ばくもない自身を投影した主人公が、ダム工事反対闘争の中で天命を知ります。

「一個人の生死を超えて、森全体の命のなかで自分の死を生かせるのかもしれない」

十年を経ても難題ばかりを突きつけてくる原発事故。処理水の海洋放出の決定とオリンピックの報道が交錯する中で、どうして復興と結びつけることができるのでしょうか。輝く春の海、たとえば島の貴重な自然。そして市井の人たちの健全な暮らしと誠実な仕事を守るべく、仁政を求めるばかりです。