問われて生きる

鮮魚店店主の森田釣竿さんです——、傍らで鳴っていたテレビを見やると、画面には気骨ある男前の姿が映っていました。初見の際にまじまじ顔を見られ「何か持っている奴は顔も良いはずなんだけどな」と問われて、答えに窮したことを思い出しました

パックに詰められた切り身ではなく、そのままの魚を販売する鮮魚店の意図は「魚食えコノヤロー!」と「命をいただくこと」の実感。自ら魚をさばくことで、改めて考えてほしい。今も変わらず、そのメッセージを愉快痛快に伝え続けて——と、最高潮のところで番組は地震速報により中断・・・・・・。さすが、持っています。

買い叩かれた魚は加工され、切り身になって並べられる。それが不知火の魚とはもちろん、商品化された魚は元の姿さえ分からないと、不知火海の漁師である著者が語る『チッソは私であった 水俣病の思想』。文庫化された本書の中に記されていたのは、自ら水俣病の認定申請を取り下げ、補償をめぐる法廷闘争とは一線を画すことになった心のうち。

化学工業メーカーであるチッソにより、その海に捨てられた有機水銀が原因で発症した水俣病。補償、裁判、そして闘争の「意味」を考え始めると、被害者であるはずの自らに「問い」が向かってきた。舟は木造からプラスチック製に変わり、電化製品の中にある今を見つめれば、確かに私自身が水銀を流したという覚えはないけれども、時代そのものがチッソ化していたのではないか——

追及は企業から県、そして国へと、どんどん実態の見えないものへと変わりゆく。補償は金銭で支払われ、謝罪はもとより責任の所在が分からない。求めていた、ほんとうの救済とは一体何であったのか。被害者として事件に問われていくうちに、発想の転換が起こった。それは加害者であるチッソの社員、ひいてはチッソ化した時代そのものが救われなければならないのだという、大転換だった。

「欲無ければ一切足り 求むる有れば万事窮す」すなわち足るを知る者は富む、満足を知ることがほんとうの豊かさである。夜になっても深々と雪が降り続く大晦日、良寛を読み直していました。「何ぞ知らん名利の塵 夜雨草庵の裏 双脚等閑に伸ばす」孤高な自由が豊かに詠じられており、これも痛快。

商品化されたのは魚だけではなく、人間自身にも値段が付けられた社会を私たちは生きている。値段が付いていないのは「もはや屁だけ」だと先の著者は、魂の痛みをも金銭で補償代償されることに問われて気付きます。

病から闘争、そして転換までのすべてを、著者は自らの布石だとして拾い上げていく。そこに意味を見出すことで、自分に与えられたものを受け取っていく。どうして、なぜ、私がと人生に問い続けるのではなく、人生から問われることで人間は、元の姿を取り戻せるのではないか——。私たちが今、常識的に感じている富みとは何か。豊かさとは何か。良寛からも同じように問われているのではないでしょうか。

魚食えコノヤロー!言われて何だか、魚が食べたくなりました(すぐに影響される)。休暇が明けたら、魚をさばいてみようと思います。