助手席に乗せて

大雪による交通障害は概ね解消したが、路肩に積まれた雪が高い壁となって国道に合流してくる車の視界を遮り、新たな混雑の原因となっていた。到着が遅くなったが、それでも快く招き入れられた。遠路はるばる、難儀なところをよく来てくれたと差し出されたのは、鉢花だった。その謝意を素直に受け取ろうとしたのだが、そうじゃない。せっかく遠いところまで来たのだから、買っていけ——。

よくわからないうちに買わされた、小さな赤いシクラメンを助手席に乗せて帰途につく。すっかり日は暮れていたが、混雑は続いていた。この時季の赤い花と言えば、猩々木(しょうじょうぼく)ポインセチアのことだと、先日の能楽基礎講座にあった。赤一色の装束と専用の能面を用いる能「猩々」は、素直な心を持った親孝行な男に、汲んでも尽きず飲んで減らない酒壺が贈られるという縁起の良い曲。

「去年の四国旅の続きがあるぞ」とせがむ、誕生月の母親をなだめた。無理だよ、今はダメだよ。つまらん、だったらここにつれていけ——。名指しされたのは料亭だったが、昼会席と言えど、いや、昼会席なのに目の玉が飛び出た。親孝行、減らぬ酒壺どころか、年越し酒の予算までもが完全に飛んでいった。

この冬の山行は「秋田内陸縦貫鉄道で行く!秘湯杣温泉と森吉山樹氷トレッキング」を計画していた。しかも湯けむりクーポンでマタギの里の打当温泉おまけつき。蔵王、八甲田ときたら次は森吉山の樹氷を見てみたい。それよりも冬の杣温泉、なにより冬の秋田内陸縦貫鉄道に乗ってみたい!・・・・・・感染拡大につき、あえなく断念。旅の年間計画は最初からつまづいた。今年は一足早く、そして無駄に長い休暇に入る。自らを縛り付ける意図で本を高く積み上げていたのだが、頭の休憩にと用意していた雑誌の、しかも付録の「日本百名山ルートマップ」にさっそく夢中になった。

未踏だった北アルプスは五竜岳。登山地図を見ながら、そのアプローチにテレキャビンを利用するルートを選択していた、自らを戒めた。縦走と温泉に重きを置いて、山に登ってきたつもりだった。五竜岳へは鹿島槍ヶ岳北峰からの難所、八峰キレットがある。白馬岳からも、難所中の難所である不帰ノ嶮(かえらずのけん)を通過していけば、五竜岳へたどり着ける。もう逃げないと決めたのではなかったのか。何だかんだ言い訳をつけて難所を避けてきたから、例えば黒部峡谷の阿曽原温泉も仙人温泉にも未湯なのではないか——。

近代日本画コレクション「木原文庫」に集められた美人画展には、道成寺などを題材にした色鮮やかな作品もあったが、長恨歌の墨画に目が止まった。能「楊貴妃」も今年の講座で取り上げられていた。下地がなければ、わからない。わからないからつまらないのであるとすれば、同じように、克服できなければいつまでも恐ろしいだけだ。

停車中に調べると耐寒性があり、なんと——!この小さな赤いシクラメンは、夏を乗り越えることができれば、次の冬にも花を咲かせてくれるという。暖房に弱いとあったから、車内の暖房を消した。そのうち吐き出された息が白くなり、コートを羽織った。

車の進まぬ道で、幾重にも重なったストップランプの赤色が浮かび上がる。それでも穏やかな助手席の赤色は素直に煌めいていた。