忠告と日々の精進

助けてくれ——。夜半に鳴った不穏な電話の向こうで、酩酊した旧友が危うい呂律で懇願してきた。

御神酒徳利の二人で飲んでいたというが、一人が飲み代を踏み倒して逃亡。しかし前の店も、その前の店も彼が支払ったので現金は底をついていた。無銭飲食を疑われて、ぇ、ボコボコに殴られた?ぇ、なに、この夢の設定は学生時代なのか?

「いや、もう電車ないし」翌日は移動日で、朝が早かった私は就寝中だった。それでもタクシーに乗って来いと旧友は懇願する。感染リスクが高いとされる夜の街に、金を持ってきてくれと——。

目が覚めてくると状況を飲み込めてきたが、同時に別の感情も湧いてきた。まずもって、このご時世に深夜までのはしご酒というのが解せない。大体が二人とも、同居する親はもう決して若くなく、感染症には人一倍気をつけなければならないはず。それにも関わらず、飲んで飲まれて、おまけに殴られてからの、金持ってきてくれときたもんだ。

不惑の齢を迎えても、何がそんなに面白くなくて、酒に飲まれているのか。酒もたばこも、そして御神酒徳利の悪い因縁を断ち切らねばと忠告するも、「もういい」と逆に断ち切られた・・・・・・。

楽しい酒は大いに結構だが、今は少し我慢しなければならないだろう。それよりも、未だ悪い酒に飲まれているのが情けない。ん、俺か?バカヤロー。俺は毎日、精進料理を作って頑張ってるぞ——

御献立 飯椀ひじきご飯、汁椀かぶの酒粕ポタージュ、香菜白菜塩麹漬け、平椀精進筑前煮、膳皿揚げ南瓜の銀あんかけ、坪椀胡麻豆腐、おまけ椀おから炒め

コロナ禍だからというのではなく、今年の目標として、毎日「包丁を握る」ことを自らに課せていた。ついつい怠惰に過ごしてしまう日々を見直し、しっかりと生きるためにまずは自炊を徹底しよう。

昼食は様々な土地で色々な物を食べるので、夕食は晩酌のあてが少しあればいい。むしろ、滋味で滋養のある食べ物を欲する齢になってきた。以前から減らしたかったプラスチックゴミと食品添加物、そして肉食を改めていくと、精進料理を基礎から学ぶための一冊に出会った。

五味五法五色を基本とする精進料理は、動物由来の食材を使わないだけでなく、美食への煩悩を生まないために、ネギやタマネギ、ニンニクやニラなどの臭いや味の強い食材も避けるという。当然、顆粒だしなどは一切使わず、昆布や椎茸の出汁を水出しで取っていくのだが、これが素材本来の深い味を引き出すことに驚いた。

そして、むいた野菜の皮も細かくして料理に混ぜ、余すところなく使用すれば、驚くほどゴミは少なくなった。過剰梱包の加工品、トレーやパックに詰められた食材や惣菜ではなく、直売所で野菜を購入。豆腐は豆腐屋で購入すれば、おからまで貰えるじゃないか!

帰宅後に三品はとても作れないので常備菜を作り置き、晩に一、二品をしっかり作る。そんな毎日の実践を重ねて、気が付けば年の瀬を迎えていた。いよいよ指南書の最後の項で、精進料理の華である「胡麻豆腐」が立ちはだかった。免許皆伝なるか——

當リ胡麻(高級品!)に吉野本葛(こちらも高級品!)を鍋に入れたら、もう後には引けない。どちらも高級食材ゆえに失敗できないと、鼻息を荒くしているようでは修行が足りない。何であれ、食材は無駄にできず、この鍋にかけた火を私は止められないのだ。無心でこねるべし!

熱い鍋に木べらを押しつけて、力強くこねる。汗が滲んでくると、浮かんでは消え、また浮かんでは消える妄想に捕らわれた。いつの間にか弱くなっていた木べらの力に、自らで渇を入れる。

塵を払え、塵を払えと、まるで念仏を唱えるように自らを払った。ハッと気が付くと、胡麻豆腐はしっかり練り上げられていた。固まらないうちに流し込んで、ようやく作業を終えた。腰が抜けたように台所の床に座り込んだ。

平椀と膳皿の並びを間違え、なんだかぎこちない盛り付けとなったが、どれも美味しく出来上がった。いつでも嫁げるが、男やもめもこのくらい出来たら、嫁ぐ必要もないか。

手間、無駄に大きな意味があり、それを続けることで力になる。そして、いつの間にか楽しくもなっていた。節度を守って楽しみましょうよ、ホント。