黄葉、揺らめく凪と漁業権と

善光寺で腰を痛めたのだが、移動先の湯野浜温泉では週末の休みを挟む。回復なるか——。しかし、全快したのは天気だけだった。見事な秋晴れに波の予報は凪、そして大潮と絶好の条件が揃う。「知者は水を楽しみ」と涙をこらえて体を起こし、漁業権の対象から外れる県境まで上ってきたのだが——

 

真新しい立看板に記されていた、「たこ」の文字に立ち尽くした。ステンレスのバーブレスフックに載せ替えたフロッグルアーを海中に沈ませて狙う、浅い岩礁帯でのデイ・キャスティング・タコ釣り。とてもテクニカルで釣趣にあふれていたのだが、もはやこの海岸では密漁者の烙印を押されかねない。穏やかな秋の潮騒を中耳に響かせたまま、諦める他なかった。

それでも切り替えて「仁者は山を楽しむ」のだと、今度は県境の山より雪を被った朝日連峰や月山を仰いだのだが——

555メーターの低山ハイクだったが、こんなに辛いのはきっと腰痛のせいだろう。時間をかけて、おまけに冷や汗まで滲ませて、なんとか登り切れたまでは良かった。

彩り豊かなランチが広げられていた山頂は、黄色い声で賑わっていた。その片隅で、どうして苦悶の表情を浮かべながら即席めんを煮込む、密漁者紛いの男を瓜実顔の山ガールが指差した。

山での即席めんは元より、岩礁帯で本懐を遂げられず、それどころか腰が重傷じゃないか。県境の山で一人、すべてにおいて冴えない、きっと映えない休日に募るのは寂しさにも似ていたのだが——

 

空の空、一切は空であるかのように落とされた淡黄色が山径に積もる。だが、落とされたがゆえに望んだ水平線は傾き始めた陽に輝き、若干の漁業権を主張しつつも、揺らめきながら凪いでいた。

動いたことで少しは回復したか。下り径の途中、腰を反らせて空を仰ぎ見た。黄葉は寂しさに埋もれるどころか、焦がれるような色彩で降り注いだのだ。