足りないものは

「目が合ったら殺されそうだった」と、武隈親方が横綱朝青龍の気迫を回顧した。あの大関豪栄道を持ってしてもこれなのだから、その恐ろしさは計り知れない。覇気なく途中休場した二大関に対して、ご時世には到底通用しない「根性論」まで持ち出して激励した解説者の言葉に鑑みれば、今の力士たちに足りないものが見えてくる

目が合ったら殺されてしまいそうな作品を求めて、新しくなった小林古径美術館を訪れた。

古径、上京前後の作品と言われている「少女」だが、なんとなく目を合わせたくないかも

先日の山小屋で同宿した登山客が、スマホの画面越しに自身の絵画作品を見せてくれた。二科展での入選を目標にしているというその作風は、ほぅ、モネですか。上白石は妹の方が好みだが、私もマティスよりモネの方が好きですと会話を弾ませた。自身に足りないものとして目下勉強中なのだが、絵画だけでなく詩歌にしても、芸術というのはどうして難しい。

冠の付いた新しい美術館なのに、古径の作品は数点しか展示されていなかった。ならばと、一つ一つに時間をかけて、絵画の方から問いかけられるのを無言で待った。だが、館内の静寂を先に破ったのは絵でも私でもなく、まさかの幼稚園児たちの遠足だった。

これは何色ですかー?と、引率の保育士が張り切って(美術館の館内なのに)園児たちに尋ねると「ちゃいろー」。

茶色の悲鳴に塗りたくられた館内で、思わず顔を引きつらせてしまった。しかし、言われてみれば日本画は、薄い茶色を帯びた和紙や着色した絹地の上に細く引かれた線で描かれている。色彩のとても少ない世界であることを改めれば、なるほど主題が鮮やかに浮かび上がってきたではないか——。

在りし日の朝稽古にて。稽古照今、今場所の翠富士を照らしたのは、昨日までの土俵の砂だった

優勝決定戦の末に見事、十両優勝を決めた伊勢ヶ濱部屋の翠富士。地元の友人たちの奔放さにつられて、何度か道を外れそうになった。親方がスカウトに来たその日も、友人たちとの待ち合わせがあり、気を揉んだ。それでも親方は彼の前で(入門を決意するまで)無言のまま座り続けた。たまらず静寂を破ったのは、翠富士の方だったという。

観念、そして覚悟の上に、やってやろうという気持ちが芽生えていれば、足りないものは見えていた。土俵の砂にまみれた「いい色」を滲ませて、鮮やかに浮かび上がってきた翠富士。新たな相撲巧者の小兵力士が、来場所いよいよ幕の内に挑む。