おしゃべりな野営場

放送が始まった海外ドラマ「アンという名の少女」。勿論、原作は「Anne of Green Gables」赤毛のアンだ。まずもってこのドラマのアンは、超リアル。——小さな顔は白く、やせているうえに、そばかすだらけだった。口は大きく、おなじように大きな目は——、80年代のドラマシリーズを遙かに凌ぐ写実的な配役は、マリラも完璧なマリラです。

原作にはないエピソードも満載で面白いよねと話を振るも、知らないと。そんなの観ていないと。——嘘だろ、おい。

戸隠連峰から一旦下山し、牧草地を歩いて抜けると、そこには広大なキャンプ場が営まれていた。ファミリー客で賑わっている中を、大型二輪が乗り付けた。レザージャケットをまとった大柄な男は、無精髭で覆われた口元を硬派なへの字に閉じている。無言のまま、勇ましく一人用のツーリングテントを広げたのは、電源付きオート・サイト。——嘘だろ、おい。

翌朝、頸城山塊から登り返すために麓の野営場へと移動してきた。専ら山中でのキャンプが多かったので、焚き火を熾したのは久しぶり。月夜の下で炎が青白く揺らげば、薪の弾ける音と虫の音だけに包まれた静寂が語り出す。降ってきたら張ろうかと、タープすら張らずに酒を温め始めた。そう、どうにでもなるし、どうにでもできる。

埃まみれのダッチオーブンを引っ張り出してきた。俺のポットは揚げ物に特化しているのだと、半身まるごとフライドチキンに。どうだワイルドだろうと得意気な私を尻目に、旧友は錦糸卵を作り始めた。出た!「輝く!世界の寿司シリーズ」山で何かを摘んでいるなと思ったら。

肉を焼くのではなく、洒落たイタリアンでもない。頸城名物の笹寿司だ。もうホント、かないません。

それでも、80年代のミーガン・フォローズによる赤毛のアンが捨てがたいのは、私の人生の中でとても忘れがたいプレゼントだったから——、焚き火を挟んでほろ酔いに任せると、いつしか会話は昔話になっていた。

「チン○のアン」「続 チン○のアン」と拙すぎる毛筆で書かれたラベルが、いかにも中学生的で頼りなかった。その二本のVHSビデオは、主にアダルトビデオの違法コピーを同級生に売りつけるべく開発した、「M橋的ダビングシステム」(すべてのコピーガード機能を超越する画期的な対面型ダビング形式)を用いて作成された邪なものだったが、誕生日に前触れもなく、M橋君とわが愉快な仲間たちによってプレゼントされたときの喜びは未だ新しい。

(違法コピーによる収益は、主にバンドの楽器購入のために使用されたと釈明を入れておきたい)——嘘だろ、おい。