私はブレない

呼出の克之がその黄昏れるような声色で、東の関脇を呼び上げた。故郷の情景が土俵の先に見えてくる。さぁ、いよいよ今場所を面白くする力士の登場だと胸が高鳴るも、ザザッ、ザザー。ラジオ電波が突如として陰った。

麓のキャンプ場を拠点に、シーズン終盤の魚釣りを存分に楽しもうと訪れたのだが、どうして私は峠道を行くのか——。あまりの好天に誘われて登ってきた避難小屋のテント場だったが、残念。先客が一張り。「どこまで行くの」と先の縦走路を指されて問われたが、釣りに来たと返答している自分が自分でも腑に落ちなかった。

やや、こんな時間。大相撲九月場所もいよいよ終盤だ——ザザッ、ザザー。陽が落ちてもテントの中で一人、ラジオの周波数を合わせ続けていた。

全勝がかかる大一番を前に、緊張して震えが止まらなかった。けれども「兄弟子に抱きしめていただいて」初の幕下優勝を遂げた寺沢。佐渡島出身、高砂部屋。

部屋の裏口に干していた廻しが盗難に遭った。その上、七歳の時に亡くなったペットのウサギの遺骨を入れたお守りも紛失した——。発奮するには程遠いようなエピソードを並べて、優勝を振り返る寺沢だったが、そう言えば君。朝乃山の大関昇進を称える騎馬でも白目むいていたよね。

郷土のホープは大変愉快な好漢だった。インタビュアーに解説者までもが思わず吹き出した優勝インタビューに笑い転げ、長い峠道を駆け下りた。翌朝も好天で、何度も立ち止まっては振り返った。

尾瀬を源流に持つ大河は、海まで流れ下るのに17基ものダムに阻まれる。その250kmに及ぶ悠久の流れの中をかつては鮭や鱒が無数に遡上していたが、治水ではなく発電のためのダムには魚道すら設けられていない。列島改造の下にその電力を首都圏に届けるも、地域を走るのは未だ非電化路線で、ディーゼル列車が警笛を鳴らす。聞こえないのか、それでも気付かないのか。大河に挟まれ、名山に囲まれて生活している県民の意識は、残念ながらとても低いと言わざるを得ない。

早瀬の後ろに長く続いた平瀬のわずかな深みの中にも、秋雨による増水を待つ魚がいる。本気で狙うは二尺超えの大イワナ。水を馴染ませた、あまり動かない毛鉤が流れに消えた。ガンっと竿が止まり魚の体が翻ったのが見えたが、魚の顎を貫けなかった。一期一会でしかない魚との奇跡のような出会いを逸して、頭を抱えるもすぐに開き直った。課題を残してシーズンを終えるのもまた、次に繋がると。

釣り上がってきて、見上げたその太い山の素晴らしいこと。景観に圧倒されると何だか面倒になって、まだ昼前だというのに、麓の秘湯温泉へと急いだのだった。