その意思を取り除くな

村人は畑の石はあまり取るなと言うのです——、

日本人の心は草木だけでなく、岩や石にも魂を読み取り、神や仏まで見出すことができる。それは想像の力というよりも、畏敬や畏怖などが大半を占める、特有の自然感がその心をつかさどるのではないか。以北これより高い山は日本にない、尾瀬燧ヶ岳。その頂に積まれた岩石を前にして、先の話を思い出していた。

わずかな畑なので、農薬や化学肥料は入れずに楽しみながらやってきた。何年か経つと土の中に生き物が住み着き、土が良くなってきたのがわかった。畑には石がたくさん交じっており、僕はどうしても取り除きたかったのですが、村人は畑の石はあまり取るなと言うのです。

暑い季節に小石をどけたら、ミミズが暮らしていた。夏の畑は乾燥し水分もない。小さな石でも一つあると、その裏側は生き物の栖になる。土を作る生き物の環境は、石が作り出していた。初めて石も貴重な仕事をしていると気がついた——。

話の畑を耕していたのは高尚な学者だったが、村人は当然のように畑の石の大切さを知っていた。村人はさながら妙好人のようであり、ハッと気付かされたことだろう。

——人間が自然と交感するというのは、山川草木を含めてあらゆる存在を生命とみなし、その中で生死する自分の運命を納得するということです。昔は、聖人賢人でなくとも、あらゆる凡人にできたことでした。

 

土地の一部を電力会社が所有する高層湿原は、電源開発を免れた上でその自然環境を今に残している。女川原発再稼働の方針が一面に掲載され、福島からの避難民が多い地域にある柏崎刈羽原発でも、住民の同意を得ぬまま核燃料の装填を検討していることが明らかになった。

震災後ようやく取り戻せたはずの謙虚な心が風化し、その意思はまた驕りによって取り除かれるのか。

花は落ちたが葉はまだ暮れない。なんとも微妙な季節にテントを担いで訪れた今年の尾瀬旅行だったが、燧ヶ岳からのあまりに素晴らしい眺望に恵まれて、しばし思いに耽っていた。