支度中につき

そう言えば、この食堂の看板はいつも「支度中」になっている。いままで気に止めたことはあったが、気にしたことはなかった。女性客が帰り際にそのことを忠告するも、わざと掛けてあるのだと店主。知っている人はアナタのように入って来てくれるから、それでいいのだと

密を避けると言えば今風か。そもそも、繁盛すると手が回らない。面倒なのはそれよりも、電子決済やらテイクアウトの勧誘が鳴り止まないことだという。例のキャンペーンもまた、イマドキにたけていないと登録もままならないのかもしれない。財源は私たちの税金、公平な恩恵を受けることができるのだろうか。

同じく恩恵に与り知らぬのではと案じ、東北の湯治宿を訪ねた。

湯沢の湯ノ沢温泉から湯田温泉郷は湯川温泉。翌日は早池峰山を登り、花巻温泉郷の大沢温泉に投宿。栗駒山を回り込んで湯浜温泉を目指す予定だったが、雨天のため鬼首温泉に立ち寄り鳴子温泉へ。旅の最終日は最上川氾濫のその後が気になっていた、肘折温泉へと足を伸ばした。

大沢温泉以外はキャンペーンのキの字も皆無で、人影はまばらだった。東京発着が見送られたからだろうかと思案するも、季節は収穫前の農繁期。だから湯治場はこれでいい。渦中にあっても、変わらず豊富な湯で湯船は満たされ、せせらぐ清流を伝ってくる緑の山風が爽やかだ。肘折温泉にはまだ重機が残っていたが、復旧は早かったと聞いて安堵した。温泉は自然の恩恵を直に触れることができる。ゆっくりと気分が穏やかに晴れてゆく。

 

中腹まで登って、ようやく見つけることが出来たエーデルワイス。早池峰山の固有種ハヤチネウスユキソウだったが、もはや秋風にぼやけていた。それよりもアザミの花中をモゾモゾと、何だか照れ隠しのようにうごめくハナバチの姿が愛らしい。夏がまだ続くように思わせたのは、それだけではなかった。信仰の山の頂へと近づくにつれ、雲は払われて青空が覗いた。

北上高地の山神に奉納する早池峰神楽の起源は、南北朝時代にまで遡るという。四十番以上に渡って伝承された舞には、能の大成以前の古い形を残す。翁に三番叟、狂言のビデオを保存伝習館で観させてもらったが、やはり温泉と祭りは東北であると確信するばかり。しかし祭りは軒並み中止で、今夏はまさに「支度中」だった。

支度中のままだからなのだろう。今日も食堂は密になっていない。野菜たっぷりの品々が盆の上で所狭しと賑わう、日替わり定食。ほっこり満ち足りて、食べたら何だか元気が出てくる。日々の生活では、無理矢理の優遇も由来のない恩恵も必要ないのかもしれない。当たり前のような穏やかさがあればそれでいい。

食べ終わる頃、ようやく店に来られたと高齢の夫婦が客席についた。今日は少し緩めに炊かれていた白米の理由に気付くと、その思いやりにまた一杯になる。それなのに「ご飯、ごめんね」と小さな声でオマケまで貰ったのだから。