三日目の鯖寿司

霊峰白山は大山塊にして、崇高なる独立峰である。加賀、越前、美濃の三国にまたがるだけでなく、手取川、九頭竜川、長良川に庄川という大河が産声を上げる気高き山に、釣り人たちは特別な憧れと同時に大いなる畏れを抱かざるを得ない

いにしえより信仰をその頂きに届けてきた、長く険しい古道は禅定道と呼ばれ、大汝峰、御前峰、別山の白山三山に通ずる。白山一里野温泉より加賀禅定道に入り三山を登拝、美濃禅定道から越前の秘湯鳩ヶ湯鉱泉経由で荒島岳を目指した。

山中三泊の荒行を癒やすべく、背負ったテントと二升の地酒はかつてない程の重量となっていたが、念願であった禅定道からの参詣を前に、荷の重たさなど問題ではなかった。禅定とは、心を一つのことに集中させて、悟りの境地に達するための瞑想のこと。ただ一心に頂きを目指すその道中で、自己を忘れ、都合を除いた状態で、物事の実相と向き合うことができたのならば、今度こそ私は自身を変えることができるのかもしれない——。

痩せ尾根の急登、美女坂を登り切ると緩やかな尾根道には池塘があり、高山植物の別天地が広がっていた。ハクサンの名を冠する多くの草花が色とりどりに咲き乱れ、柔らかな夏風に揺れている。振り返れば北アルプスの眺望があり、届けられる幻の名瀑百四丈滝の荘厳——。ああ、ここがあの、彼方の岸辺なのだろうかと吐露した途端、霧が生じて優美な世界は幽玄の内に閉ざされた。霧はすぐに雨となった。

 

豹変した風が横殴りの雨を従えて、容赦なく叩きつける。たまらず駆け出すも、雨は川のようになって山道を流れ、ぬかるみ足元からあざ笑う。どこまで逃げてもどこまでも続く長い道に、唇は鈍、露出した肌は青、別天地に咲く花の色までもが寒々と脱色してされてゆく。大山塊の中腹で荒天に襲われて、唯々諾々として受け容れては濡れるがままに。行くも戻るも地獄、尾根筋の山道には左右にも逃げ場はなかった。

あまりにも無常——。しかし、実相はそこにあった。独りで生きて独りで死んでいかねばならないことを哀しく、寂しいようにも捉え出すと弱くなり、生じるのが「迷い」なのだろう。自分がある限り私はきっと、その無常観に死ぬまで惑わされるのだ。

美濃禅定道の途中で断念し、越前禅定道へと下った。白山三山の別山に登ることは叶わなかったが、辛がらたどり着いた九頭竜川の野営場でようやく雨は上がった。疲労困憊、それよりも登拝できなかった執着を拭いきれなかったからだろう。縦走の終着地である荒島岳を眼前にしても、互いに交わす言葉は少なかった。

治部煮、とり野菜鍋と二晩に渡り、山中での食事とは思えないほどの立派な加賀の郷土料理をこしらえた旧友だったが、さすがに今晩で三日目になる。生乾きのザックから取り出されるのは簡単なものだろうと諦めていたが、寿司を握るという。思わず聞き返したが、山中三日目の夕餉に越前名物「鯖寿司」を握るというのだ——

アルファ化米を炊き直して酢飯にし、水煮缶の鯖を酢でしめる。ヘッドランプの乏しい灯りにも、見事な〆鯖の虹色が微塵の迷いもなく反射し、その輝きを押して握って閉じ込めた。最後は銀鱗をライターで炙って焼き鯖寿司に。裏岩手縦走路で山芋をすり下ろし、日光連山の避難小屋でうどんをこねた男が、九頭竜川の野営場で寿司を握った。

——禅定とは、心を一つのことに集中させて、悟りの境地に達するための——、ついに彼方の岸辺へと到達したのだ。

 

降雨こそなかったが、相変わらずの曇天の中、荒島岳の頂きはまだ遠く。盛夏の低山の暑さというのは口にするのも憚られるほどであったが、容赦なく登山道には難所が続いた。つくづく楽に登らせてくれる百名山はないのだと山頂で胸を張ってみても、引きつる顔は隠せなかった。それでも私はこの夏の山で、変わることができたのではないか。

一度は見失いかけた荒島岳だったが、その山の東からは行けと聞こえ、西からは来いと呼ばれたような気がする。「そのまま来い!」と呼ばれたような気がしたのだ。あまりにも無常であり、独りで死んでいかねばならないのが実相。だからこそ、他者が必要なのだと、三日目の鯖寿司に私の迷いはかき消された。

そう、この道を歩むのだ。——行くも戻るも地獄、尾根筋の山道には左右にも逃げ場はなかった。