まだ泣くわけには

また笑える日が来ることを信じてと、劇的な復活優勝にも関わらず、淡々と振り返った照ノ富士に、相撲道の神髄を見せられた。怪我による大関からの陥落でなめさせられた苦汁や辛酸、それよりも糖尿や内臓疾患での不調は本当に辛かったろう。それでも引退を慰留させた師匠の言葉を信じて、今成すべきことを積み重ねた。目の前の一番一番に全力で取り組んだ結果は、奇跡ではなかった。

昨年の夏合宿にて。土俵に上がっての稽古はせず、すり足や鉄砲で汗を流していたが、体と顔には復調が見られた

かつて付け人だった兄弟子が土俵を去るとき、自身のまわしのさがりを元大関の明け荷に忍ばせた。「序二段に落ちても力士でいるなら横綱を目指すことはできる」その思いをくんで、午前中の本場所土俵に立った元大関は、一人ではないことを強く感じていたのではないか。

悩みとは迷いとは、思いやることを忘れて自らを戒めることもなく、耐え忍ぶことも知らず怠惰に過ごした結果にある。自らの心に目を向けて汚れた心を知り、弱さを省みることができれば、迷いや悩みは雲散する。そして、師匠の言葉に兄弟子の思い、誰かの何かに応えようとする力の源は、計り知れないほどに大きい。

千秋楽、優勝を決めた一番の後で照ノ富士は、国技館に掲げられた自身の、五年前の優勝額を見上げていた。涙を堪えているのだと誰かが言ったが、そんな風には見えなかった。かつての自分と対話しているようにしか見えなかった。まだ、泣くわけにはいかない。まだ、途中だと言わんばかりに。

大相撲ファン、そして無類の伊勢ヶ濱部屋推しであったことを誇らしく思う、とても素晴らしい場所になりました。