その言葉に愛はあるか

ツバメとスズメが戯れる投稿に添えられていた中国の古典は、「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」。小人物には大人物の考えや志は分からない、ということのたとえであると、砂丘地のため池に開設されている、佐潟水鳥・湿地センターの博識なTwitterが教えてくれた。まだ新しいアカウントだが、野鳥に昆虫、植物の詳しい解説に挟んだ小話や教養がとても楽しいのでおすすめです。

造詣が深いと全体を観ることができる。深い眼差しに映るのは慈しみであり、発せられるのは嘘のない言葉。頂いた書籍であったが、最初の記事からつまずいた。相対する魚たちを、まったく相対しない「自動車」にたとえて論じ、挙げ句「言い得て妙」であるというのは、まるでルアーファンの思慮が浅いとでも言いたげだ。本当に愛好家が書いているのかさえ疑わせた。

先日の登山道にて。視界の開ける稜線よりも、おりおり野鳥が啼く賑やかしい森の中が好きなのは、なんだか応援されているみたいだから

大相撲は季節の変わり目に開催されるので、専門誌には本場所毎に歳時が記される。場所がない季節には、暑さ寒さに負けず、稽古に精進する力士たちの汗を伝える記事が、言葉の端々に相撲愛を滲ませる。本場所の中止により、代替する記事や企画には難儀しただろうが、先月号は特別版とでもいうほどに面白く、そして相撲愛にあふれていた。専門誌は数あれど、おすすめはやっぱり「月刊相撲」です。

場所がなくとも大相撲を盛り上げようと奮闘したのは、中日新聞の「北の富士コラム」も同じこと。自らのことを振り返った記事が、どれもとても面白かった。大鵬、柏戸の両横綱が拳銃を国内に持ち込んだ大事件を振り返り、実は北の富士も所持していたという(知りませんでした)、ぶっ飛びエピソードはさすが横綱級。ユーモアと機知に富み、そしていつでも軽妙洒脱。楷書を熟知の上、草書で生きる「浮浪雲」とは、もしかして北の富士のことではないだろうかとも(ジョージ秋山さんを悼みつつ・・・・・・)。

第二波は必ず来る——、ETV特集シリーズ「パンデミックが変える世界」。SARS危機を乗り越えて、新型コロナウィルスの第一波封じ込めに成功した台湾。公衆衛生のプロフェッショナルである陳建仁前副総統は、愛という、とてつもなくきれいな言葉をはっきりと口に出して教えてくれた。

官民一体となった感染症対策は、当局と市民との揺るがない信頼関係により成り立つ。「共感とは連帯の心」「互いを愛し、互いに面倒を見る」デモクラシーの下に当局はあえて監視の精度を下げ、市民は正しく監視を恐れながらも、制度を利用して協力する。双方にある知識と良識は、まさしく民主主義の力であると思わせた。つい先月に副総統を退任し、一研究者へと戻っていった氏は、七千五百万円とも言われる退職金を辞退したと番組が添えた。「人間には本質的に善の心がある」穏やかに、そして余裕を持って現実に向き合う姿はとても素敵でした。

燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや——、ということがないように、透明な情報が広く分かりやすく伝えられているように思わせた台湾。そうだ、台湾は温泉が豊富で、かつて日本一高い山だった玉山もあるではないか。与那国より西には行ったことがなく、ああ!タイワンドジョウなんてのもいたではないかと今更気づくと、やはり終息を心から祈るばかりである。