分析書を詠む

まるで冬季五輪のリュージュを思わせるような体勢で滑り、秒速で駆け抜けた——。平安貴族ばりに動かない生活で、本格的に足腰が弱ったか。自宅の階段で尻餅をついて、そのまま転げ落ちてしまった。体が痛い!打ち身や傷に効く温泉といえば、鎮静効果も期待される石膏泉や芒硝泉などの硫酸塩泉だ

温泉の泉質名などを表記した「温泉分析書」。一見にして目が回りそうだが、実は意外と簡単で、温泉の特色はもとより、本物の温泉か否かをも読み取ることができる。

まず、温泉がどんな泉質なのか。

陽イオンと陰イオンの項目で、ミリバルが20%以上の成分を多い割合から並べていく。画像例だと、陽イオンでナトリウム、次にカルシウムが20%を超えており、陰イオンでは塩化物イオン、硫酸イオンが同じく超えているので「ナトリウム・カルシウム—塩化物・硫酸塩泉」となる。

pHのペーハー値は「6、7」前後で中性を表し、低い値が酸性、高い値がアルカリ性を示す。酸性の湯は殺菌作用が強く皮膚炎などに効果があり、アルカリ性の湯は肌の角質を落とす、いわゆる美白の湯や美肌の湯となる。

源泉の温度が25℃以上か、含有成分が規定量含まれている温水または水を「温泉」と定義する。中でも、より限定された物質条件をクリアしたものが「療養泉」となり、上述のような泉質名を冠される。たとえ冷たい鉱泉だとしても、多くの有効成分を含んでいれば効能豊かな温泉となるのだが、温度条件だけをクリアした「温かいだけの水」もまた単純温泉として、れっきとした温泉になってしまう。

そこで重要になるのが湧出の状態。

現代の温泉は開発目的に掘削されたものが多く、その大深度地下より動力で汲み上げられた地下水脈の湯(動力揚湯)と、長い年月をかけて、岩盤の割れ目などから豊富な鉱物を染みこませて湧いて出た湯(自然湧出)とは、そもそも似て非なるもの。

温泉の湧出量も重要だが、秋田の玉川温泉や岩手の須川温泉のように、毎分数千リットルという破格の湯量を誇る温泉地は別にして、問題なのはその利用方法。湧出量に対して大きすぎる浴槽を満たすため、湯を消毒して使い回す循環利用が温泉本来の個性を没するだけでなく、果たしてどれほどの安らぎを与えてくれるというのか。

一人当たりの快適な湯量は毎分0.5リットル前後という調査結果を基に、必要な湯量の目安も算出できるが、観光ホテルの大浴場や露天風呂と小さな湯船に掛け流された共同浴場とでは、どちらの方が有効に利用されているかは明白だろう。

温泉に入るとき、私は両手で拝むようにして鼻骨を挟み、まずその芳しい湯の香りを楽しむ。ほのかに香る湯が伴ってくるリラックス感は代えがたいものがある。塩素による消毒の臭気も皆無で、ああ本物の温泉だなと。そのまま肩まで沈めてゆけば、これ以上に求めるものはないと思うのだが。

こんなときにこそ、温泉の知識と理解を深めるのも楽しいかと。近年とりわけ参考にしているのは「山歩きで楽しむ 本物の温泉」だが、石川理夫氏による著書が何より詳しい。「温泉法則」は全温泉ファン必携のバイブルだ。

「温泉の平和と戦争」、そして「温泉の日本史」は伝説や伝承などを鵜呑みにせず、古事記から始まる文献に残された根拠を徹底的に集め、ときに当時の宗教感などからも考察するという、ほんとうの通史。一冊を上梓するのに、一体どれだけの資料に目を通したのかと恐ろしくもなるのだが、これを読むと俄然、温泉への理解の深まりかた、いや、温まりかたが違うといった方がいいだろう。

しかし、体が痛い!(逝ったかもしれません——、骨)