方丈の鍋

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみにうかぶうたかたは——

近年はその都度、一日の釣券で渓流釣りを楽しんでいたのだが、今年は珍しくやる気を出して一年券を購入していた・・・・・・。御多分に洩れず、今日みたいな快晴の休日には、魚釣りや登山、キャンプにも行けないフラストレーションがたまる

物とその分の煩悩であふれちゃった、我が方丈の庵であったが、——とっくに飽きている。それでも、キャンプチェアなんぞを物置から出してきて片隅に置いてみると、あら不思議。これだけでも気分は変わった。調子に乗って、何だかよく分からない国内メーカーの小さなトライポッドを購入し、未使用のままで転がっていたビリーコッヘルを吊してみると、おお!いとをかし。想像以上に楽しくなってきた。

ナベ

「肉が網から落ちるんだけど」

随分昔の話だが、返礼品として贈った(あえてWeberではなく)KINGSFORDのバーベキューグリルだったが、その返答はこちらの意図するところになかった。分厚い肉を燻しながら焼いて欲しい——、ヤキソバヤキニクの日本式BBQからの脱却を大義にしていた頃を懐かしむと同時に、日本のホームセンターなどでも本格的なグリル類が並ぶ今日を憂う(それはそれで面白くないという)。

もう一冊購入するとプレゼント——なる、出版社のキャンペーンにそそのかされて、アウトドアの料理本を手に取った。妙にオシャレなレシピや、すでに味が調えられた既製品を使った時短レシピばかりで、予想以上につまらなかった。そもそも誰かの何かを参考にしたところで、土地土地の郷土料理を山中にて実践中の旧友が、避難小屋でうどんをこね出した衝撃を越えられるはずもない。

冬山で鮪のカマを焼いてみても、テントの中で揚げ物中心の晩酌セットをこしらえてみても、どこか物足りず、何かが違う。それでは敵わないのだ。今日日私に求められた、新たなるアウトドア料理とは一体何か。吊された鍋——ビリーコッヘルに問うと、鍋蓋を持ち上げて、道元禅師が顔を出した。

「典座教訓」ぇ、キャンプで精進料理——? 一条の光明が、我が方丈の庵を照らしたのだった。

 

かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人間と住まいもこれと同じ、か。パンデミックにより世界が変わり、まさにその分水嶺にいるのだと実感すれば、価値観を変えることでしか平穏は取り戻せないと、あらためるばかり。