貧しい生活、豊かな人生

西側のミュージシャンたちは次第に商業化し、金持ちになって高級車に乗ったりし、消費社会に取り込まれている。一方、社会主義体制下のバンドは、名声はおろか物質的な豊かさも手にできないが、そうした欲望を絶たれている自分たちの状況の方が、西側の連中より「まし」だと考えていた——

東欧、いわゆる東側ではロックミュージックにも政府による文化統制の圧力が高まり、1970年代に入ると徹底的に排除されたという。それでも屈することなく活動を続けたアンダーグラウンドが真の意味をまとい、コップから水がこぼれる契機となって、民主化への道を切り開いた。先月のテキストを読み直し、もう一度アンダーグラウンドに心を打たれた。

原著の中でオルタナティブは、「もう一つの文化」と訳されていた。学生の頃、洋楽に詳しいという先輩が、メジャー流通するバンドの音源をオルタナティブであると称したことに、虫唾が走ったのをよく覚えている。Alternative Tentaclesレーベルすら知らないくせに、と。

カナダのNO MEANS NOは♪SEX MAD。当初、バンドはSSTレーベルに売り込みたかったとか。それより何より、このバンドはいつもレコードのジャケットデザインが悪すぎると、子ども心に確信していたことを思い出す。ポスト・ハードコアの旗手であり、まさにオルタナティブと呼ぶに相応しい変則ナンバーに針を落とすと、あの頃とまったく変わらず、部屋の壁に向かって走り出してしまった。

ああ、そうだ。日本にも希有なバンドがいた。SATORI SCHOOLだ。その名も意味深で(やはりレコードのジャケットデザインがアレなのだが)、技量抜群にして変則。併せて超攻撃的なサウンドに、また新しいオルタナティブを魅せられた。7インチシングル盤と参加していたコンピレーションCDに、ダビングしてもらったデモテープがあったような・・・・・・あれは、SUBRACHO DOBRACHOだったか?

岩木正宗、津軽最古の酒蔵が破産——。ウイルス禍がこんなところにも!ではなく、売上減少での業績不振らしいが、金金金に浮かれていたオリンピックも一転すれば、結果は同じ。そもそも、復興五輪ってなんだ。原発の問題が解決されずにいる中で、一体なにが復興で、どこが安全なのだろうか。停滞により経済最優先の虚無が暴かれると、明日をも知れぬ現実が露呈して、もはや浮かれることさえ許されない。

軒並み中止になった能楽の舞台には閉口させられたが、いよいよ音楽家たちによるライブ配信が多くなってきた。こんな状況でも出来る素晴らしいことは、まさにこれであり、ならばそれを支える仕組みに協力したい。だって、金や物は少なくてもいいけれど、例えば音楽は絶対に必要でしょう?

ウォンウィンツァンの「海より遠く」というアルバムに収録されている♪こころの時代。人間が持ち合わせている、ほんとうの内面にスポットをあてる番組のテーマ曲だが、穏やかに、そして静かに、どうして今の時代のこころに染み入ってくる。貧しい生活、豊かな人生——、それが次の時代のキーワードになると確信させるかのように。

真のアンダーグラウンドのバンドが歌った、消費社会に取り込まれた今を見つめ直し、この先を考える。せめて、そんな静かな期間になればと思います。