稽古照今、稽古抜きで今はない

月刊誌の巻頭特集で、先場所優勝の徳勝龍と元稀勢の里の荒磯親方の同学年対談が掲載されていた。これがとても面白くて、最初はくすくす、ついには声に出して大笑い。巡業先で初めて一緒に飲んだ夜のことを徳勝龍が振り返る。「ラーメン麺抜き」を注文したという稀勢の里を隣で見て、「この人すごいな」と。何がすごいのかよく分からないが、その前にこの人は一体、何を注文したかったのだろう・・・・・・。

朋有り遠方より来る——。こっそりとそんな思いを潜めて、横綱の来日を喜んだ交流会。今は教育者としての道を邁進する横綱は、警官と弁護士の資格を有しているだけでなく、油絵は個展が開かれ、ピアノで第九を奏でる。勤勉であり、何より礼節を重んじる横綱が兼ね備えた力は強さだけではない。そんな私の憧れの人である横綱が、自身で設立した学校で使う机や椅子などを集めている。

日本の学校で使われた中古品を集めているのは、子どもたちに感謝の気持ちを育てたいからだという。地理的にも中国から新品を購入して運んだ方がよほど安価だが、物を大切にする日本の文化とその精神を伝えたい。古い傷や落書きなどをきっかけに、日本と繋がるようなことがあれば嬉しい。そのための運搬費用は横綱自身で負担している。

稽古照今、いにしえからの教えが今を照らしているということを、私たち日本人はどれだけ知っているのだろうか——。活動の支援を呼びかけるチラシを旧友たちに配ったところ、残念ながら未だに誤解や偏見が見られた。

引退までの経緯を横綱は自叙伝に綴っている。「テレビのコメンテーターたちが、自分の目で見たかのように話していました」藪の中で面白おかしく大きくなっていく騒動だったが、何より親方と女将さんに大変辛く、悲しい思いをさせてしまった。それが引退を決心した理由だった。

親子は一世、夫婦は二世だが、主従は三世の深い縁を持つ。師弟の絆が海より深いということを、引退会見で親方が流した涙に見せられた。師もまた、最後まで弟子を守ろうと矢面に立っていた。

そこかしこから上がる罵倒のような大きな声により、どれがほんとうなのかを聞き取りにくい時代。ほんとうにそれは自分の意思なのか、自分の意見なのか。内なる声は静かに上がる。こころの時代の夜明けとなるその声を聞き逃してはならない。

力士の息遣いまで聞こえてきそうな静寂の中、無観客開催という異例の場所が始まった。稽古で磨かれた大相撲の心技体と、かつて横綱が口癖のように言っていた「勇気と希望を与える相撲」を、今だからこそ見せてほしい。