深い登山行、懐剣におののく

「ま」キーボードに打ち込むと、名よりも先に自動変換されるのが「丸子温泉郷」。信州では珍しい自炊湯治宿の炊事場で、御歳暮で頂いた熊野灘の極上干物をあぶる。脂の乗ったサンマが焼けるいい音と、若干迷惑な煙をもくもくと上げて他の湯治客の冷たさを一点に集めたが、そもそもこれは新春登山の恒例行事。山小屋あるいは山中のテント場にて、迷惑千万な「焼き魚」を味わうことを一年の山行の始まりとしているのは、一体どうしてなのか。自分でもさっぱりよく分からないが、焼き魚の煙に涙を滲ませて、今年の新春は丸子温泉郷と下諏訪温泉を拠点に信州の百名山を巡る。

 

鹿教湯の温泉街では文殊堂までの古道に氷灯籠が灯されており、静かに揺らぐ幻想的な光の世界はまさに夢気分。それもつかの間、未だ正月気分が抜けぬ宿の玄関に飾られていた、含蓄のある書き初めに現実世界へと引き戻された。ことさら力強く書かれていた「深い友情」。書家に何があったのかを察するに余りあるが、核心を突いた一言だった。確かに、これを差し置いて人生はおろか、明日をも語れない。

投げかけられた深い問いのうちにあっても、半凍結の白樺湖から望む蓼科山は八ヶ岳連峰のしんがりを堂々と引き受けて、その裾野を広げていた。

諏訪富士とも称される山容を一歩一歩、確かめながら登っていく。登り一辺倒で汗ばむほどの急な坂道が続いたが、樹木に付いた霧氷の輝きに、とにかく濃い青空の色に、何より絶好の登山日和にて、再び夢幻の中へと誘われる。もちろん、吐き出す息が瞬く間に凍ってしまう世界なのだが、私から吐き出されたものまでキラキラと、まるで美しいものに変わっていくというのだから、誘われるがままになる。

樹林帯を抜けて山頂を間近に望むと、遮るものがないのをいいことに、風は傍若無人に吹き荒れていた。下りてくる登山者の顔は青ざめており、「山頂暴風酷候」と謎の漢詩のように短く、言葉少なに並べては現実を突きつけた。美しい冬山の感動だけでなく、夢気分の何もかもを吹き飛ばした、ほんとうに強い風。だから何もない大展望が北と中央と南のアプルス、振り返れば八ヶ岳の絶景を広げていた。

雲散霧消、そもそも好天にて雲も霧もなかったが、心の中に溜まったものなど、すべて解き放たれて何もない。立っているのもやっとの風に吹かれても、なぜか洗われているようにさえ思ってしまうのだから、山の魅力を再考させられる。そのまま凍ってしまうのかと、山頂で佇んでいた私を呼び戻したのはカップ麺の匂いだった。

凍えながらも岩陰に身を隠し、是が非でも山頂で昼食をと実践する登山者を見て、冬の安達太良山にてトンカツを揚げようと試みたことを思い出した。ついつい簡略しがちになってしまう山での食事だが、極力インスタントは使わずにこだわりたい。だから智恵子抄での「ほんとの空」で、「ほんとのソースカツ丼」をこしらえようというバカげた話である。そもそも、どの山へ行ってもザックから一升瓶を取り出すと不思議なほどに笑われるが、私はその意味があまりよく分からなかった。そうだった、山頂でこれを焼いて一杯やるのだった。それが新春登山の恒例行事だったのだ。

ザックから細長い銀色の、短刀のようなものを取り出した。サンマだ——。干物は堅く凍りつき、秋の刀の魚と書くように、見事な懐剣となって好天の山頂で光り輝いた。「おおお!」後から山頂に着いた登山者が、それを手にしていた私の姿に本気でおののいていた。

焼き網をバーナーストーブにセットして点火、点火、点火しない・・・・・・。一時点火しても、あまりに強い風ですぐに消える。(当然だよねー)焼き網の上で哀しく凍るサンマの干物が、静かに語りかけてきた。

中山道の古湯、下諏訪温泉へ下りてきた。由緒ある「旦過の湯」は近年新しくなったが、47℃の湯温に設定された「熱い湯」浴槽を昔と変わらずに残しているという。熱い湯の方に膝をつき、肩口にかけ湯した。それを見て、おっ!と爺さんどもが半笑いにて期待していたが、私はそのまま湯の中へ入った。——入ったぞ、こいつ。目を丸くして絶句する爺さんどもの顔といったら、なんとも愉快だった。

「よろずおさまりますように」火照った体を涼ませるために、万治の石仏を参った。石仏の周りをぐるぐると、いつも多くの参拝者で賑わっているが、一度それが途切れると途端に寂しくなった。

深い友情は愛情と言い換えても良いが、大事な人の存在に気づかされるのは、何も寂しいときばかりではない。忙しさにかまけて忘れてしまうときもあるだろう。目の前に広がるのがどんな世界だとしても、現実こそ奇跡そのものであるように思わなければ、見失ったことの大きさにさえ気づかないのではないだろうか。

見上げた霧ヶ峰には、雲がかかっていた。翌日の予報は曇りのち雪で、時折強く吹雪くという。