不惑のインターナショナル

International Open Toilet—— 不惑に入ったはずなのに、晩秋の森の中で未だ戸惑い、そして迷い続けていた。物言わぬままで木の葉を落としてゆく樹木の姿に、切り捨てられるような哀しみを見てしまうと、すべてが振出しに(もしくはそれ以前に)戻され、また惑わされる。避難小屋の脇に設えられていた、どうして国際的だと言われているその野生にて、どうしても私は腰を下ろすことができないのだ。いつまで経っても変われない、そんな自己に直面すると果たしてこの先、天命を知ることなどできるのだろうか。肩を落とすばかりで、ついには登山道で朽ちる倒木を嘆いたのだった。

現実を見せつけるように、先の台風は大きな爪痕を残していた。霊峰男体山の裏林道は通行禁止となり、その山を越えて行くことが叶わない。中禅寺温泉から日光連山を行く山旅は、日光湯元温泉を経由して奥鬼怒川温泉郷を目指したのだが、いつだって描いたようには上手くいかない——。

テントに寝袋、二日分の食料とたんまり酒の入った一升瓶の重みたるや、登り一辺倒の坂道で閉口し、早くも山行の長さを後悔させる要因の他何でもなかった。夏の高山を行くような気力十分にて爽やかに担いで行けたかもしれないが、一年を振り返る季節の山には少し重すぎた。登ってきた道をそのまま戻り、男体山から一旦下山して、日光湯元温泉から奥白根山を囲む外輪山の尾根に取り付くも、足場の悪い急坂が続く。最後は心までへし折ろうとする山にほとほと参ったが、やっとのことで登りきると、二つの百名山に挟まれた稜線上には三千大千の世界が広がっていた。

太古、神々の戦いが繰り広げられた戦場ヶ原は穏やかに燃え、抜きん出た秀峰である男体山の秋が女峰山に抱かれて、太郎山を抱きかかえている。充実のうちに枯れていくのが、さも当たり前であるかのような輝きを持って季節を進めた山塊に対し、取り囲んだ山々によって隠されていた主峰、奥白根山の厚い溶岩が無表情のままで季節を止めていた。

山の中にまた特別な山があるような深遠な風景。あくまで連山には属さないとでも言うように、無表情を貫く無頼漢は自らが溜めた五色沼の水面にも容易く本心を明かさない。荒涼の中で力強く枯れるその姿に、また違う枯れ方があることを思い知らされた。邪推かもしれないが、私の中に溜まるあれこれを排泄しようとする、それは実に爽やかな刺激だった。

さながら水墨画のような金精山の細く鋭い峠道で、今度こそ精も根も尽き果てた。時折、吹き抜けてゆく秋風が木々を慰めるように揺らしてみるが、落とす木の葉はもう残されていない。長い山行での運動に刺激された体が健康的な知らせを通達してきたが、奥鬼怒川温泉郷はまだ遠い。峠道で滲ませた額の汗が脂汗に変わる頃、ようやく念仏平の避難小屋が見えてきた。

いの一番にトイレを探すも見当たらない——。インターナショナルであると書かれた不思議な看板以外に何も見当たらない!

私は——、誰もいない森の中で、野性的な雄叫びを上げたいとは思わない。森の中で珈琲を入れて、静かに鳥のさえずりに耳を傾け、木漏れ日で文庫の頁をめくりたい。人間らしい喜びの中で多角的に自然を捉えたいのだ。だが、旧友は摘んできたキノコをふんだんに入れ込んだ食物繊維たっぷりの食事を拵えて、もっと食べろとコッヘルを突き出してくる。「はぅ!」

そして、あろうことか小屋の中で「うどん」をこね出したから、ますます刺激する。「おぅ!」腸は脳であるというように脳もまた腸であり、叩いてこねて形成する様は口に入れる前から激しく刺激する。「いゃーっ!」

トイレもない避難小屋なのだから当然、電気はなかった。日没と同時に始まった長い夜だったが、疲労困憊にても寝付けず、暗闇の中で眼を開けていた。考えることは山ほどあるのに、すべての結末がトイレで結ばれるというのだから仕方がない。いよいよヘッドライトを灯して、満天の星を数えるうちに済ませてしまおうかと能動的な働きが掛かってきた。自然の中でこそ、文化的な人間らしい態度で振る舞いたいというアティチュード。ついに瓦解してしまうのか——

コメツガやシラビソの幼木が朝もやの中で、その淡い緑を浮かび上がらせた。進む季節もお構いなしに、露をたっぷり含ませて潤い、瑞々しい。深い森が学び舎となり、教養を持って樹木は再生し次世代の深緑と成る。そうか、落とされた葉は切り捨てられたのではなく、還されたものであったと気付けば、倒木を嘆いた私はもういない。不惑に入ったのだ。

根名草山からは日光を振り返ることはできなかった。関東の山々はこの先から東北の植生へと変わってゆく。標高を下げて行くと、まだ残る紅葉の隙間から奥鬼怒川温泉郷が見えてきた。「はぅ!」

私は迷いなく、真っ先に駆け込んだのだった。