注文の多い湯治客

もし私が経理部の女性だったら、思わず惚れてしまうことだろう。自炊旅館——そんな領収証を提出されたのならば。どういうところに宿泊しているのだ、何なんだこの男は、というか仕事してんのかと、気になって仕方がないはずだ!

イーハトーブの透き通った風が、ほんとうの食べ物に変わるこの土地で、三大麺ばかりを食べている。そしてすでに飽きている!去年の盛岡では確か鶯宿温泉に宿ったので、今回は繋温泉にした。花巻では台温泉に、一関では須川高原温泉(!)にという、ちょっとした暴挙を交え、自炊湯治宿を拠点にした南部の偉人を巡る旅が始まった(業務後にね)

まずは何より、宮沢賢治記念館。宮沢賢治全集でよく開くのは七巻と八巻、一巻くらいで、十巻なんてほとんど新品状態のままだったが、その十巻に収録されている「農民芸術概論」。賢治三十歳の頃、農学校教諭を退職後に百姓として生きていく背景が、記念館の展示であらためて見えてくると、農民における芸術の実践を目指すという、賢治の理想にとても強い覚悟を思わされた。「芸術をもてあの灰色の労働を燃やせ」「詩人は苦痛をも享楽する」そして最後に「永久の未完成これ完成である」しかし、設立した協会は一年足らずで消滅し、苦しい中でも「ほんとうの幸い」をさらに賢治は求めていく。

花巻新渡戸稲造記念館には初めて訪れた。新渡戸稲造の「武士道」は内村鑑三の「代表的日本人」、岡倉天心「茶の本」と同じく英語で書かれ、日本という国を列強諸国に広く知らしめた名著。武士道とは死ぬことと——の鍋島藩の「葉隠」とは異なり、「義、勇、仁、礼、信、名誉、忠義」の武士道の徳目から日本人の文化や思考、精神性を解説する。恥を知れとか、恥ずかしくないのかという武士道の徳目を、最近はあまり聞かなくなってしまったように感じるが、何よりこれらの名著にしっかり触れたのが、結構いい歳になってからだということが私は恥ずかしい。農政学者であり、教育者であり、そして「われ太平洋の橋とならん」国際人として活躍した偉人の言葉、「Haste not, Rest not.」急ぐな、休むな。複製の書が欲しかったのだが、そもそも記念館に物販はなし。

花巻の記念館では、郷土開発に尽力した新渡戸家の功績が多く讃えられていたが、その家柄の系譜をたどると桓武天皇に繋がった。血統の違いを見せられると何となく気持ちが離れたが、爵位を持たない初めての平民宰相、原敬記念館でまた再燃した。「戊辰戦役は政見の異同のみ」賊軍とされた南部藩の汚名をついに晴らした、原敬の精神こそ武士道そのもの。岩手山をかたどった記念碑には、座右の銘「宝積」が刻まれていた。宝積経の言葉で「人に尽くして見返りを求めず、人を守りて己を守らず」

ほんとうに素晴らしい言葉や理想を前にすると、急にへそを曲げて意固地になるような人がいるが、どうしてへそを曲げて意固地になる必要があるのか。理想を掲げ、そこへ向かって行かなければ何も変わらないのに、どうして最初から一体何を諦めているのか。挙げ句の果てに理想を綺麗事と読み替える、そんな腐りきった性根が失っているのは、武士道でいうところの「仁」であり、賢治が求めた「ほんとうの幸い」もまた、苦しみの中であっても全体の幸福に見出した大きな理想だった。

RESTAURANT WILDCAT HOUSE! 決して遠慮はありません・・・・・・

ついに今回の旅で(だから業務後のね)勇気を振り絞り、念願の「注文の多い料理店」山猫軒へ!

(なんとなく恥ずかしかったのであり、決してビビっていたわけではありません・・・・・・)