霧中の奥秩父山塊で

叔父の形見分けとして、トンネル工事で使うツルハシのようなピッケルを渡されそうになったが、それは断り、書斎から数冊の本だけを頂いてきた。その中にあった「ひとりぼっちの日本百名山」をめくると、山の一覧の項にメモと印が付けられていて、百名山踏破まであと数座を残すばかりだったことと、単独行で登っていたことを知った

弔問客の中には、各地から駆けつけてくれた山の友人も多かったと聞いたが、なのにどうして叔父はひとりきりで登っていたのだろうか。本に付けられていた印を再びなぞると、二重丸でくくられていた山が幾つかあった。一際、難しい漢字でその名を記されていた瑞牆山、みずがきやまという奥秩父の山に目が留まった。

梅雨の最中、麓のキャンプ場で天候の回復を祈るが、予報は変わらない。五里霧中、厚い雲に覆われた山の中へ、それでも行くかと決断すると、ふいに雲が切れた。まるで要塞のようなその山容を見上げて、なるほど、日本のヨセミテとはよく言ったもの。何かに誘われるようにして、巨岩が積み重なる山塊へ引き込まれて行った。

爽やかな森の急な斜面を登っていくと、いよいよ間近に瑞牆山の岩峰が全貌を現した。その岩肌は冷たい紫色に染まり、頑として心を開かない氷柱のように突き立つ。三時間程度で登頂できる山行だったが、途中にある山小屋の分岐から谷筋を流れる川の源流部まで一旦下ると、そこから続いた森林帯は薄暗く、明るさを取り戻した頃に見上げた巨岩群に言葉を失った。山頂まではその岩の道をよじ登らねばならなかった。

安易に、岩峰の懐に飛び込んでしまったことを後悔させるように息は切れていく。それでも、登山道のシャクナゲは露に濡れて咲き、要塞だと思っていた山はさながら古城のように気高い。額の汗を拭い、風の吹いてくる方に振り返れば、木々の緑を額縁にして、富士の円錐が一幅の絵画を飾ってくれていた。自然と力が戻ってきて、岩を登りきると山頂は驚くほどに晴れ渡り、一気に展望が開けた。

 

山小屋の幕営地で夜空を見上げれば、明日の好天を約束する星の群れ。山中の静かな闇夜に溶けていた気力が再び、朝日に照らし出された。

山塊の盟主である金峰山の稜線まで登ってきて、初めて山頂の奇岩が覗いた。信仰の山の御神体である五丈石は、未だ遠く彼方で積まれている。岩稜の南側は切れ落ちたまま続き、その岩を伝って登れば冷や汗が滲んだ。それだけでは許さぬとでも言うように、今度は絶壁を伝い吹き上げてきた強風に身震いを促された。

報いるような大展望が山頂で控えているに違いないと含み、歩く。歩けどもしかし、歩み寄ることのない目的地は煙霧の内へとまた遠ざかるのだから、瑞牆の古城をも見下ろす盟主に、名山のスケールをほとほと感じずにはいられなかった。

 

痕跡を追いかけてきて、やはり人は死なないのだと確信する。写真や映像などに閉じ込められた思い出ではなく、触れれば途端に息を吹き返す、言葉や文の痕跡がこうして山の中で生きていた。

五丈石の輪郭がぼんやり淡く滲んできた。見事に積み重ねられた奇岩が座る山は霧中に浮かんでいたが、楽しみと喜びが必ずしも同調しないように、相克するはずの二つの感情が重なり合う。私はそれを山頂でひとり、静かに感じていた。