爆睡の全国大会

全国良寛会の大会を前に良寛生誕の地、出雲崎を訪れた。記念館に詩歌碑と見所たくさんなだけでなく、日本海を間近に望む風光明媚な土地で、マダコ釣りのポイントも多い。何度訪れても、良寛とマダコのファンを飽きさせない。

日本芸術の最高峰とされる良寛の詩・歌・書は、「人間と芸術が一体となった」と称されるように、詩は人間の香りを馴染ませ、歌は自然景の中にある無心から美しさを切り取る。禅僧である良寛の草書には問いがあり、楷書には答えがあるように見せ、最も有名な書の一つ「天上大風」を眺めていると、人知の及ばない大きな力さえも思わせる。芸術を越えて心に染み入るのは宗教的な要素というより、乞食と清貧に生きた良寛の人柄、欲を求めず、人を疑わず、怒らない生き方をそのまま滲ませているからなのだろう。

私が好きな良寛のエピソードは、何の家財もない良寛の草庵に泥棒が入ったときのこと。布団を盗ませるために、自ら寝返りを打って布団から出た。それでも「盗人に とり残されし 窓の月」庵を照らす、今夜の美しい月までは持って行かれなかったと、名月に酔いしれる良寛の豊かな心が見えてくる。

「今日乞食逢驟雨」の漢詩は托鉢中ににわか雨にあい、雨宿りをしたときのことが書いてある。慌てて雨宿りをしたが、持っているものといえば、托鉢をするための鉢と米を入れる袋だけではないか。そもそも、それだけあれば常に落ち着いて生きられると家を出たのだが、いざ雨が降ってきては慌てふためく私を笑ってください——。自己嫌悪と徹底的に向き合うことで見えてくる自らの尊さが他者への目覚めとなり、その尊さを知ることに繋がる。立ち止まり、自分と向き合うことの大切さを再考させる。

仏教説話を題材にした長歌「月のうさぎ」には自己犠牲(と漢字で書くと意味は捉えにくいが、見返りを求めないということか)の精神が強く歌われている。自分ファーストとやらが当然の権利のように、やたらと強い口調で叫ばれる昨今だが、それは先の「自らの尊さ」とはまるで違うこと。自分が、自分だけが良ければいいというのは、精神的なケチそのものであり、自らの保身のために他人を陥れてしまうような、最たる悪行に繋がる大きな要因をはらんでいる。

しかし、良寛は「南無帰命 常不軽」と、法華経だけに現れる菩薩、常不軽菩薩を多く詠んだ。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」で、私はそういうものなりたいとしていた「デクノボー」もこの菩薩とされる。経典は読まずとも、常にどんな人でも軽んじないことが悟りとなった菩薩に帰依した良寛。自らの保身のために動く人間であっても軽んぜず、気付かせようとしたことだろう。

晩年になると、宗派を超えて「南無阿弥陀仏」が数多く書かれた。自力で悟り、成仏することとは反対に、他力の本願で成仏を目指すことが浄土真宗の考え。成仏とは仏になる、すなわちブッダに成ること。ブッダとは目覚めた人、悟った人のことだが、貧しく日々の労働に追われている民衆には、自力で悟るための修行などできない。だから、阿弥陀の本願を頼りに極楽浄土へ往って生まれ変わり、成仏を目指すという二段階の構造になっている。越後は親鸞ゆかりの地であり、念仏一つで救われるという、まさに民衆のための南無阿弥陀仏が、人々とともに暮らしていた良寛の晩年に見られることも大変興味深い。

日本海の一点を見つめる良寛像は今の世に何を思うのだろう

さぁ、いよいよ、大会の目玉は大徳寺の老師による記念講演。——爆睡しちゃったよ、おい。

「宗教は孤独!そして文学も孤独だ!」と急に大きな声で意気込まれて、鼻ちょうちんが割れた。

心の隙間に入り込むような詐欺まがいの新興宗教は、あなたを孤独から救うと言葉巧みに忍び寄るかもしれない。「孤立」は大きな問題だが「孤独」は必要な要素だということが、良寛を愛せばよく分かる。

仏教の教えは分かりやすく、とてもよく出来ているので利用されやすいのかもしれないが、ここでもまた、自分だけ助かろうという保身、金を払ってでも徳を積むなどという大きな間違いを、良寛は嘆くだろう。自己犠牲の精神とは、そうか、生まれてきて初めて受けたことであったかと思い出した。

布団すらなくなった草庵で名月を楽しむ、そんな良寛の豊かさを知って、私は自然景の中にある無心の美しさに、多分きっと気付けている。ふふふ、精神的なケチにこの世界のことは詠めまいと優越に——、

しかし!ここでも軽んじてはならないのだ。(うぅ、難しい!)