嫌いじゃないぜ

去りゆく桜前線を追いかけるようにして、気動車は北へ向かう。途中の小さな駅でもう一人乗り合わせることになっていて、久しく見ない顔が列車を待つ姿を想像するとなんだかとても嬉しくなり、心は楽しさで一杯になった。つくづく人は一人では幸福になれないことを知る。

「どの車両に乗ってるか、分かるかな?」

誰かが言い出した心配をよそに、三両編成の列車は並木の中をのどかに走って行く。出会いと別れの春を幾度も通過して、人もまた知らずのうちにその幹を太くしてゆくのだろうか。

大きな中の一つであることを自覚すると、感情に振り回されることがなくなった。そして一人がいかに無力であるのかを知ると協力の意義を深くして、その無力を嘆くよりもまずは出来ることをと、前を向いていた自分に驚いたことさえあった。

自らを優先させる駆け引きに真心はなく、ケチな損得勘定や愚かな我田引水では徳をも失う。誠実な仕事と勤勉な態度にこそ充実があり、愛は与えて初めて成るのだと知れば、何があるわけでもない自らを省みても穏やかでいられるのだ。今はもう何でも受け止められるような気がする。ああ、どうしてこんなにも春は爽やかなのだろう!

ずんぐりとした背格好で、紅潮させた頬っぺにはくるくるの模様が描かれている——。この春、美人の担当者に変わって現れた新人のその容姿を見るや、思わず漏らしてしまった。

「ぉぃ、おてもやんじゃないか・・・・・・」

慌てて口を塞いだが、彼女はそれに呼応するように自己紹介を促されての第一声で「フゴっ」とブタ鼻を鳴らしたのだった。ブスだった——。実にブスだった。

「——ブス?嫌いじゃないぜ」

中年太りを嘆きはじめていた花見客たちが笑い飛ばすと、枝にたくさんの花を付けた木々も頷くようにして風になびいた。むしろ、同じ花しか咲かせられないソメイヨシノの木だから、個性的であることを羨ましく思うかもしれない。花のある美しさにばかり気を取られていた頃とは違い、ごつごつとした木肌の幹が静かに花を咲かせているのだと知る今は、おお!おてもやんとて愛らしいではないか!「フゴっ」

ぴーちくぱーちく、ヒバリの子らが春を唄う楽しげな声が響く。

もうすぐ完成を見る鉄鍋から湯気が上ってきたが、どうやらまだ完成ではないらしい。おもむろに取り出された豆乳のパックが勢いよく鍋の中に投入されると、今日一番の歓声が上がった。どれだけ手が込んでいるのかと、誰かを喜ばせようとした丁寧な仕事は喝采の拍手のような満開で讃えられていた。