浪速の荒れる旅情

名古屋の諸兄たちは「近鉄」で行けという。近鉄には旅情があるという。

新幹線の切符を払い戻し、まだ見ぬその近鉄の旅情にもだえ、ときめきながらホームで特急を待った。あれがビスタカーか、それともアーバンライナーなのか。列車は寸分の誤差もなく私の前で停車し、運命的な白煙を上げるようにしてドアを開いた。が、あれ。なんかこう、今一つあか抜けない風貌で、やだ、小田急みたい・・・・・・

相撲の開催を知らせる寄せ太鼓の音が難波の空に放たれると、色鮮やかな幟は自らを鼓舞するようにして春風に抗っていた。大相撲三月場所、今年も大阪に荒れる風が吹くのだろうか。

初日ならではの熱気に包まれた会場の入口は、力士の入り待ちをする大勢の観客でごった返していた。場内にも早い時間から熱心に観戦する相撲ファンの姿が多くあり、三段目の取組から大きな歓声が上がっている。すぐ前の席では一際真剣に取組を見つめる外国人の姿もあり、立合いの待ったや突っかけに厳しく反応し、鮮やかな決まり手には惜しみなく賞賛するその心意気は、もはや浪速の好角家か。さっそく楽しくなってきた。

いよいよ幕下の取組が始まる頃、隣席に座った老夫婦が今はどこやと取組表を目で追っていた。横綱大鵬の孫の納谷や横綱琴櫻の孫の琴鎌谷の取組に声援を上げながら、お父さんが両横綱の話を私に聞かせてくれた。父である貴闘力や琴ノ若の話ならともかく、昔の大相撲の話は分からないことが多くとても興味深い。今の若い力士たちの話は私からすると「兄ちゃん、詳しいな」相撲ファン同志、すぐに打ち解けた。

土俵を割るか倒されるか、勝敗の行方が明確である相撲はそれ故に誰でも楽しめるし、誰と観ても楽しい。それでいて一瞬で決まる技は豪快にして複雑な技術を要するから玄人をも唸らせる。伝統を守る日本の文化の所作は美しく、老若男女世代を問わず、日本人も外国人も関係なく、そして焼き鳥にお酒を呑みながらというのだから!

「兄ちゃん、よく呑むな」灘の生一本カップ酒は不味いが楽しい。「兄ちゃん、言葉きれいやな」東京からきたんかと尋ねられたところで、若干ぎこちない大阪弁のお父さんのことを伺うと、

「生まれは佐世保やんか」もう少し問い質すと生まれだけでなく、住まいも佐世保やんかという。

 

今場所の注目は大関取りのTAKAKEISHO! に、ご当所の大関GOEIDO! 老夫婦に外国人相撲ファンと声を合わせて熱戦を期待した。いよいよ入幕が見えてきた小兵力士ENHO! 炎鵬の相撲がとにかく面白い。張ってすぐにまわしを取ったが、何度も切られ、それでも頭を付けてしぶとくまわしに食らい付き、最後は鮮やかな下手投げで大型力士を真横にしてぶん投げた。その大相撲に場内の盛り上がりは一気に沸点へ到達。やっぱり大相撲は面白い!

「うるさくてゴメンね」打ち出し後、席を立つ音に紛れてお母さんが呟いた。とても楽しかったですよと、笑顔でさよなら一期一会。もう一つ、スミマセンと外国人相撲ファンに声を掛けられて、おお忘れていたよシェイクハンド。右手を差し出すと財布を渡された。落ちていましたよ——と。

お父さん、財布!財布!慌てて呼び止めるも、帰り足の早さだけは関西人みたいじゃないか。未だ熱を帯びながらごった返す観客の中をかき分けて、急ぎ会場の外に追って出た。

てんでんばらばら、てんでんばらばら、はね太鼓が打ち鳴らされていた。

客が散っていく様子を打たれた太鼓の音が、今度は哀愁を帯びて難波の夜に消えてゆく——。はじめて旅情を感じると、その中にようやくお母さんの姿を見つけることができた。隣りで引きつっていた顔に財布を届けると、すぐに相好を崩した。

「ホンマ、おおきに♪」

 

なんかちょっとだけイラッとした、浪速の楽しい春でした。

会場の警備を担当する荒磯親方を発見。堂々たる体躯を寂しく思うファンの心配をよそに、本人はなんだかちょっと楽しそう♪