絶対に逃げない

一兵卒は楽じゃないよと深夜に一息つくも、寒波が暴風雪を伴い広範囲で荒天となっていた。しかたなく、そのまま翌日の訪問先へ向かうことにしたのだが、すでに明け方でチェックインできるホテルもなく、健康ランド的な施設も見当たらない。さぁ、困ったことになったと迷いの内で見つけたのは「ネットカフェ」だった

かつて、カプセルホテルの閉塞感にこむら返りを発症し、終電を逃したホステルではその開放感から一睡もすることができなかった。朽ちた旅館に荒んだ民宿だけでなく、山腹の野営場(ほとんど雑木林)にたった一人と様々な経験をしてきたつもりだったが、はじめてのネットカフェで恐怖におののいた。同時に襲いくる閉塞と開放!そしてなぜだか「婚活」の案内がパソコンの画面からまくし立ててくる!ひぃぃぃ!それでもテレビを観られるのが大変ありがたかった。

「大相撲幕内の全取組」

胸騒ぎの三日目で痛恨の連敗を喫すると覚悟したつもりだったが、ニュースの速報音にがっくり肩を落とした。

緑が最盛の頃の熱田神宮で。昇進後の写真を探すも休場が多く、国技館での土俵入りをカメラに収めることはついに叶わなかった

いつまでもため息が混じり、どうにも寂しさを拭えなかったが、涙もろい七十二代横綱の引退会見での「一片の悔いもない」これを聞けてほんとうに良かったと思う。信条を「絶対に逃げない」とした力士が背負った綱の重みとは、すべての大相撲ファンが抱いた夢の重み。今にしてそれがどれだけ重たいものだったのかを量ってみたところで詮無いこと。稀勢の里は大関ではなく、横綱だったのだから。

「宿命のある者が横綱になる」

同時代を切磋琢磨した白鵬も日馬富士も同じことを言っていたように思い出す。だからこそ、上がってこいと稀勢の里に向けて送られた激励は私たちの期待そのものだった。しこ名の通り、ほんとうに強く、魅力のあった力士が引退という勇気を見せて土俵を去った。寂しい寂しい寂しいけれども、あぁ、でもやっぱり寂しいよ、稀勢の里——。

染め抜きと言えば玉鷲。玉鷲と言えば染め抜き、いや突っ張り。目が覚めるような青空に大鷲が舞う

さぁ、そして激動の初場所を面白くしたのが東西の関脇で、見事な初優勝は玉鷲に!きた、玉鷲の時代がついにきた!

喜びを爆発させる毎度のインタビューで好感を抱かせる力士は、手芸やお菓子作りを趣味とするばかりでなく、かつての事件の発端となったモンゴル力士の親睦会を「綾瀬はるかのドラマ」が観たいがために欠席し、難を逃れたという強運の持ち主でもある。そして、九州場所の宿舎がある朝倉市が豪雨被害に見舞われたことに心底こころを痛め、朝倉の人たちになんとしても勇気と希望の「勝ち越し」を届けたかったとの男泣きは記憶に新しい。そんな玉鷲の魅力が初優勝を機に多く報道されているのがとても嬉しいじゃないか。

押し相撲一本の力士としてその強さもさることながら、なんだか休場者の多い本場所で皆勤を続ける鉄人っぷりにもクローズアップ。片男波部屋の伝統の教えであり、出ると決めたからには休まないという強い覚悟を胸にして、ついには花開かせた。いままでどうして恵まれなかった三賞だったが、こちらも一気に爆発。千秋楽に第二子誕生というから驚いた。

場所中はなんだか忙しくて、結局一日も国技館へ行けずにテレビやラジオでの観戦だったが、とても大きな勇気を貰った場所となった。

ネットカフェの閉塞と開放と婚活におののいた一兵卒が、眠い目を擦る。それでも逃げずに、さぁ今日もがんばりましょうか。