城の崎にて

面倒な電話を聞き流しながら、右手でマウスを動かしていた。ネットニュースの報道にマウスのポインターが急停止すると、受話器は左手から力なく落ちていった。「寺門亜衣子アナ、結婚——」

まるで雪のような色白で、小柄だが元気いっぱい。時折見せる変顔がとてつもなく愛らしいNHKアナウンサーのお相手は、イケメンの先輩局員だという。「まただよ、またイケメンだよ」「結婚するのイケメンばかりじゃないか!」と、落胆と同時に理不尽な怒りを爆発させていた報道記事のコメント欄。静かに頷いて、涙をこらえた片思い。細川たかしが歌います。

♪からくりかるたはもう終わり 汽車にのり遠くへゆきたい 城の崎 湯の町 かた結び—— 但馬の城崎温泉を訪れた。

大谿川(おおたにがわ)の灯籠が灯され、夏休みには夜ごと城崎温泉に花火が上がる

湯の街を分けた大谿川は浴衣の歩調のように流れてゆき、もうすぐ円山川と出合い海へと下る。「ゆかたの似合うまち」城崎温泉の最大の観光は七つある外湯を浴衣でめぐること。柳がしだれる川面に街の灯りが浮かび上がると、外湯に向かう下駄の音が夜遅くまで重なり合っていた。

夏休みとあってか若者も多く、橋の欄干に大勢の人がもたれていて、夜ごと上がる花火に大きな歓声をあげていた。花火柄よろしく若くて眩しい浴衣もさることながら、酸いも甘いも噛み分けたような縦縞の、湯上がり美人とはなんとも情緒的。まるで遠い日の花火でも見ているかのような光沢を帯びたまま、団扇で夜風をあおいでいた日本の女性に思わず見とれてしまった。わが国を代表する観光温泉地は昨今、どこもかしこも外国人観光客にその魅力を占拠されがちだが、日本の若者たちも大いに浴衣を楽しんでいた城崎温泉。守り継がれてきたのは古湯だけではなかった。

有形文化財の名旅館三木屋への宿泊は叶わなかったが、それでも下駄を鳴らして文人気分。城の崎にて文人はきっと、「一筆書きで外湯をめぐる」なんて野暮なことはしなかっただろうと、ほとんどめぐり終えてから思い直した。

城崎恋歌の碑は駅前にあった。各所の飲泉所で源泉を味わうのも忘れてはならない

杉浦友紀アナウンサーの結婚報道のときは確か、津軽の黄金崎不老ふ死温泉を訪れたように思い出す。日本海にそのまま沈む夕日に心を静めようという筋書きだったが、濃度の高い塩化物泉は心の傷にちと辛すぎた。どうして傷痕に塩を塗る傾向にあるのか知らないが、今度は摂州有馬温泉の金泉にて、やはりその傷口を広げていた。

日本書紀にも記されている極めつきの古湯にして、天下の名湯である有馬の湯。金色に輝く源泉は海水の二倍にもなる強塩類泉で、長湯で湯あたり、舐めても飛び上がるほどに塩辛い。金泉をこよなく愛した豊臣秀吉により作られた湯殿が見られる「太閤の湯殿館」は残念ながら閉館中だったが、徳川の世へと移り行く中で、その痕跡を消し去るように湯殿の上に極楽寺が建立された背景も面白い。

そしてまた、かつての有馬千軒のにぎわいを取り戻そうと再生事業が進む。頻発する地震などの被害や影響を受けることなく、絶えず衰えず源泉がこんこんと湧き出す、そんな天下太平を願うばかりだった。

噴気を上げる有馬の天神源泉。源泉井戸の見学と女子アナウンサー(民放局除く)が好き