信仰の山、嘘と告白の自炊宿

約束の時間になっても友は来ず、連絡もない——。

北アルプス登山に向けてのトレーニングで、今回は出羽三山、信仰の山である月山を選んだ。肘折温泉から登り、途中の避難小屋で一泊。翌日に山頂で参拝を済ませて、麓の月山志津温泉に降りるという長い道程。当日は未明の出発を強いられていた

始発の鉄道に乗り遅れた場合を再度確認すると、そもそも休日の運行はダイヤが違っていたことに気付いた。出発直前になって凍り付いていると、「どうぞ、殴ってやっておくんなまし」遅れてきたその顔にも血の気はなかった。

平謝りを繰り返す友の姿に、私の方が言い出す頃合いを見失ったのだと言えば、少しは言い訳になるだろうか。最初からこの旅の計画は失敗に終わっていたのだが、付け入る隙を見せた人間と見せられた人間に交錯する、それぞれの想い——。嘘、偽り、そして裏切り。人間の弱さがそうさせたのだと、ひとまずはそういうことにしておこう。

乗り遅れた幻の鉄道を追いかける自動車は東北に向かっていた。両手でハンドルを握り、アクセルペダルを全開で踏む友の横顔は悲痛なまでに必死だった。追い打ちをかけるように天気は急変し、雨が降り出すと雷鳴がとどろいた。

雷の閃光が運転席と助手席の間を切り裂いた。世界は一瞬にして真っ白になり、友の横顔に真っ黒い影を作った。嘘偽りが、信仰の山の逆鱗に触れてしまったのか。「ヒィ!」と思わず悲鳴をあげてしまうところだったが、運転席の方が助手席に向かって「ヒィィ!」と悲鳴を上げて驚き、そして震え上がっていた。どちらかというと雷は、私の怒りを表すに都合が良かった。怒りなどあるはずもないのだが——

代替案を探すふりにも疲れてきて、無言になった。私が無言になればなれるほど、それは圧力となって、友の冷や汗を搾り取る。「とりあえず、温泉でも行きますか」とは、精一杯の罪滅ぼしだったのだろう。言われてから私は、もう一度いたずらにふてくされてみて、それから無言で地図を広げた。無作為にめくられた東北の地図は、南蔵王の項を開いていた。

伊達の殿様を癒したとされる青根温泉は、悠久の時に流されることなく、閑静な湯の里の佇まいを今に残していた。青根温泉の歴史をそのまま伝える「大湯」を囲うのは湯元不忘閣。御殿湯というその名の通り、伊達家ゆかりの風呂も持つ名旅館だが、市井の私たちには「名号湯」が優しい。かつての共同湯は残念ながら閉鎖されていたが、隣りの湯治宿名号館の内湯でその湯に触れることができた。

実に滋味深い湯でしたと湯上がりに、カメラが趣味だという館主との話が弾んだ。窓の外では雨が降り続いていた。

湯治宿には共同の炊事場があった。避難小屋で一泊の行程だったので食材はある。何より、じっくりとこの湯を堪能してみたい——。「一泊、おいくらで」と私が唐突に宿りを乞い始めると、友の顔は激しく動揺した。しかし、そう、そうだ。分かっているじゃないか。遅れてくる奴が悪いのだと、もはや私の隠した嘘は真実を完全にねじ曲げていた。

 

襖で仕切られただけの客室に、炊事場で包丁を振るう音が伝わってきた。客室でかけていたラジオから夕方の天気予報が始まると、包丁の音はぴたりと止んだ。翌日は朝からよく晴れるという。再び伝わってきた包丁の音は、先よりも少し軽快になっていた。最長コースである肘折温泉からは登れなくとも、月山志津温泉から登り、下りてくることで、旅の目的は一応の完成をみることができるからだろう。

茶碗に注いだ熱燗を殿様気分でやっていた私は、それでも嘘の山から下りようとはしなかった。

「朝食もよろしく——」と、炊事場へ向けて低い声を発した。

信仰の山中でも嘘偽りは続いた。必要な荷物はすべて担いでもらい、山頂でも昼飯作ってもらいました。嘘ついてメンゴ♪