お湯の誤り

未だ雪渓が残る緊張のトラバース。急斜面を横断する路ですれ違った初老の男性が背負っていたのは、バックパックではなくナップサックで(いや、あれは巾着袋か)、片手にはウォルターウェストンから貰ったような木製のピッケルを携えていた。おおお!あの方は、漁労長ではないか——!魚釣りと登山の達人中の達人と、まさか本当に山中で出会えるなんて!

お遍路で弘法大師に出会ってしまったとは大げさかもしれないが、巾着袋に骨董品の出で立ちは想像以上に神々しく、言葉を失ってしまった。それでも今、何か話しかけなければと我に返るも、だから結構なトラバース!足もとが安定しないガレ場は滑落の危険を伴い、登山者とすれ違うのも冷や汗。そうこうしているうちに、わが弘法大師はどんどん遠ざかり、あぁ、もうすでに声の届かないところへ——

火打の山に陽が落ちていくと、天狗ノ庭と呼ばれる池塘群はその豊かな色の濃淡を更に強くして、まるで絵画のそれになった

今年最初の山行は、北アルプス温泉大縦走に向けてのトレーニングと題して、鉄道にバス路線にとアクセスのよい信越の山塊を選択。二つの百名山、火打山から妙高山をテント泊で縦走し、越後では珍しい白濁湯の燕温泉を目指した。

好天に恵まれたこともあり、山は多くの登山客で賑わっていた。特に妙高山は人気のようで、割と高齢のトレッキングツアー客も多く訪れていたが、急坂の連続に高度感を伴う鎖場を擁する登山道は思った以上に険しかった。しかし、ともに頂上は抜群に展望がよく、次に目指すアルプスの峰に眺望が開けると、まさしくこの上なく爽快であり、信越の山塊がどうして人気なのかを理解できたような気がした。

中腹の山小屋のテント場も大盛況で、足の踏み場もないほどにあふれたテントの群れ。それでも隙間に無理矢理テントを立てて、なんとか寝床を確保するも、地面にはものすごい段差がついていた。そのまま、ものすごい体勢で床についてみるも、人間はそんなに簡単には眠れないことを知った。いつまでも星空がきれいだった。

信越の山塊は懐がとても広かった。ちょっと、なめてました。激しく疲れました

一通り登ったら、今度は下りが始まった。長い長い下り路に、なぜだか昨日より重たくなっている荷物が肩に食い込み、重みを受け止める脚腰膝が大声で悲鳴を上げていた。しかし、高度を下げていくと、どこからともなく匂いだした硫黄泉の香りに最後の気力が漲ってきた。

地獄と呼ばれる地帯では、温泉を含みながら流れる川が徐々にその濁りを強くしていき、そのまま大滝へと落ちていた。白濁した極上泉の温泉天国!そう、これを目指してやってきたのだ!

 

つ、冷たい——!

弘法にも筆の誤り。流れ落ちてくるそれは、ほとんど川の水だった。無駄に滝壺まで入水し、ただの荒行となって今年最初の山行は終わった。

とりあえず、温泉の流れる滝に打たれてみることにした。何しとんねん