飛騨路で憂う

今年もAMラジオから「夏休み子ども科学電話相談」が聞こえてきた。子どもたちの疑問の中には、本質を問い出すような鋭い視点から考察されたものがとても多く、思わず聞き入ってしまう。的確に答えていく先生方の豊富な知識もさることながら、かなりネイティブな関西弁(京都弁?)を使う先生が数名参加しているようで、抑揚のあまりない関西弁で淡々と解説は続く。そもそも、関西弁は子どもたちに伝わっているのか——?

「それが、うんこや」

わかったんかと、また関西弁で問われて、電話の向こうでは沈黙が続く。このラジオ番組は、スネークマンショーか何か・・・

三名泉の称号は室町時代には定着したという下呂温泉。鉄道開通と同時に歓楽温泉地へと姿を変えていった

白鷺の下呂温泉は先日の豪雨被害の先陣と殿を担ったような形になり、下呂を皮切りに西日本は甚大な被害に見舞われていった。少し前の、紫陽花の花びらが雨露に弾く頃、出張の帰路で休暇を取っていた。下呂温泉で一泊して、翌日は平湯温泉、新穂高温泉を経由し、富山へ出て休暇を明ける予定。木曽川第一の支流、飛騨川のほとりにある河原の露天風呂「噴泉池」は今日日も大橋の上から丸見えで、今さらどこに行きたかったのかと問われると恥ずかしいのが「下呂発温泉博物館」だった。

肌に優しいアルカリ性単純温泉は日本三名泉とも謳われた古湯で、昭和に入るまでは湯之島と呼ばれ、多くの湯治客を癒やしてきた歴史ある温泉場。石段を上がった先にある温泉寺の境内から温泉街を一望すれば、往事の面影は残されていないものの、今も変わらず一大温泉場であることが見て取れた。

中崎山荘まで来ると急に暗雲が垂れこめた。不気味なほどに大きい穂高の峰が続いていた

北アルプスの西麓の奥飛騨温泉郷は湯量豊富な露天風呂天国。平湯温泉で話をした年配の温泉ファンは夫婦で車中泊の旅で楽しんでいるといったが、付き合わされている感満載の婆さんの顔は曇っていた。せっかくの旅行、温泉旅に車中泊というのはいささかもったいない。今夜は乗鞍高原の駐車場で食事と休息を取るという。それを隣りで聞いて、更に顔を曇らせた婆さんの受難はまだ続く。

新穂高温泉にも野天風呂があり、寸志や清掃協力金といった限りなく無料に近い金額で利用できる。そうか、これを目当てに車中泊の客が多く訪れるのかと思うと、憂いたのはやはりマナーのことだった。関東近郊の野天風呂では露出狂に変態、撮影まで行われて閉鎖になった野天風呂は数知れず、風紀の乱れが温泉場の雰囲気を台無しに——。

渓流釣りの最中で強い雨に打たれ、山小屋で宿りを乞うたときがあった。小屋の管理人は笑顔で招き入れてくれたのだが、釣り人だと話した途端に血相を変えた。「釣り人は出ていってくれ!」釣り券を持たぬ無鑑札が多く、その上、釣り上げた魚をその場でさばいてワイルドだろうと。そして、出立の早い登山者のことも考えずに夜更けまで酒盛りが続くのだという。これでは当然疎まれるし、招かれざる客でしかない。車中泊もまた同じく、迷惑駐車にゴミ問題と、自分勝手が横行すれば、マナー向上はどこ吹く風よ。

温泉博物館の温泉番付には張り出しで四万温泉。忘れられていた?

温泉博物館に目新しいものはなかったが、昔日の写真や古いパンフレットなどに興味を惹かれた。温泉場や温泉宿の「手拭い」を収集して部屋の壁に貼っていることは、あまり人には言いたくない地味すぎる趣味の一つ。ついには、江戸時代に作られた温泉番付「諸国温泉効能鑑」を壁に貼りましたというのでは、ますます友が減ってしまうと、また憂いた。

さぁ、富山でなにを食べようかなと、すでに気分は夏休み♪